ENJOIMENT in ANTIQUE BOOKS - VII
モーリス・メーテルリンク 著、アンドレ・マルチ 画
『 青い鳥 』 (六幕の劇)
Maurice Maeterlinck + André E. Marty:
" L'OISEAU BLEU, Ferie en Six Actes"
Edition illustrée, 1945, L'Edition d'Art H. Piazza, Paris
Exemplaire No. 5044

神谷武夫

『青い鳥』の仮綴じ本

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 この「古書の愉しみ」のシリーズは第1回から第6回まで、今から 100年以上前に(時には 150年以上前に)出版された「インド建築史」や「世界建築史」の古書を採りあげてきました。多数の小口木版による図版の入った建築書というのは、たとえ じっくり読まずとも、見ているだけでも楽しいものです。ましてそれがモロッコ革で製本された書物ともなれば、「古書の愉しみ」を満喫することになります。
 けれども、これら建築史の書物というのは、かなり硬質な印象がありますので、今回は息抜きに、もっと柔らかい「挿絵本」を採りあげることにしました。モーリス・メーテルリンク(1862-1949)が書いた有名な戯曲『青い鳥』です。

『青い鳥』 を開いたところ

 おそらく誰でも子供時代に読んだり聞いたりしたことのある、チルチルとミチルの兄妹が青い鳥を求めて夢の中をさまよう舞台劇です。ベルギー生まれのメーテルリンク(仏語読みは メーテルランク)は 詩人でもありましたが、その本領は劇作家であり、『青い鳥』も 1908年にモスクワ芸術座で初演された劇文学です。そのストーリーだけを単純化して 子供向きの絵本にしたものが 世界各国でたくさん出版されてきましたので、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』などと共に童話として扱われることが多いでしょう。しかし今回紹介するのは 子供向けの童話絵本ではなく、大人向けの戯曲としての『青い鳥』全編に 挿絵画家の アンドレ・エドワール・マルチ(1882-1974)が 細密画の挿絵を描いた、フランス語の「挿絵本」です。

『青い鳥』 の表紙

 「絵本」と「挿絵本」とはどう違うのかというと、絵本は あくまでも子供向けの本なので、大判の絵の脇に単純な文章を大きな字で添えるという体裁をとりますが、挿絵本というのは 大人向けの普通の文字列の中に細密画が挿入されていて、絵と活字とが混然一体となって、一個の書物芸術となっているような本を言います。

 ヨーロッパでは 19世紀後半から 20世紀前半に、いわゆる「愛書家」たちによって「美しい本」が求められました。その源流を訪ねれば、中世に修道院で制作された手写本に行き着きます。それらは聖書を初めとする宗教書でしたが、単に古文書を筆写するだけでなく、次第に細密画を加え、革で製本した一個の美術品、書物芸術となったのです。アイルランドの『ケルズの書』(800頃)やフランスの『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』(1480頃)などは 特に豪華な写本として称賛されています。

『青い鳥』 挿絵のあるページ・1

 15世紀に活版印刷術が発明されて以来、書物は修道士や貴族のためのものから次第に一般大衆へと広まっていきましたが、量産されるにつれて粗悪な本も多くなっていきました。本に限らず、すべての生活用品が産業革命以後の機械生産によって粗悪化、醜悪化したことに対する改革運動として「アーツ・アンド・クラフツ運動」が、手仕事に基づく生活空間の美化を目ざしました。
 なかでもウィリアム・モリス(1834-96)は 自らケルムスコット・プレスという出版社を起こして、中世の写本芸術に匹敵するような「美しい本」の製作に乗り出しました。ヨーロッパの裕福な愛書家たちはまた、いくつもの「愛書家協会」を結成して、みずから、金に糸目をつけずに、絵と活字本文とが一体化した「美しい本」を刊行したりしました(もちろん、会員向けの限定出版でしたが)。

 そうした「愛書趣味」は 次第に一般大衆にまで広まっていきましたから、出版社もまた その期待に応えるべく、子供向けの絵本とは違った、大人の愛書家向けの「挿絵本」を多く出版することになったので、それにつれて、優れた挿絵画家も多数誕生しました。その一人が、今回のアンドレ・E・マルチです(活躍したのは 20世紀ですから、挿絵本の後期の人と言えるでしょうが)。

『青い鳥』第3場の中の挿絵、6.6cm×9.4cm、A・マルチのポシュワール

 挿絵本は英語で言えばイラストレイテッド・ブックですから、図版(イラスト)の入った本はすべて「挿絵本」になるわけで、その意味では、この「古書の愉しみ」シリーズで採りあげてきたジェイムズ・ファーガソンの本などは すべてそうなのですが、しかし普通、そうした図版入りの専門書を「挿絵本」とは言いません。挿絵本というのは、通常、文芸書に、単なる添え物としてではなく、本文の著作と同等、もしくはそれ以上の価値のある細密画を挿入して、全体として一つの書物芸術を目指したような本のことを言います。

 ケルムスコット・プレスが出した『チョーサー著作集』(1896年、バーン・ジョーンズ挿絵)や、百人愛書家協会によるユイスマンの『さかしま』(1903年、オーギュスト・ルペール挿絵)などは 挿絵本の最高傑作といってよく、それらの古書価格は、私などにはまったく手の届かない高額のものになっています。

 今回採りあげるフランスの挿絵画家、アンドレ・E・マルチは(マルティと書く人もいますが、フランス語の Marty なので、私は発音どおりマルチと表記します。「ティルティルとミティル」ではなく、「チルチルとミチル」と書くように)後期の人であり、長命で多数の挿絵本を残しましたから、その清楚な画風を好むコレクターも多くいますが、まだ私にも手が出しやすい というわけです。

『青い鳥』挿絵のあるページ・2

 さて 前にも書きましたが、19世紀の愛書家は印刷本を購入しても、それを製本(ルリュール)工房に持って行って、自分好みの、あるいは自分の書斎の伝統に則った革製本をする人が多かったので(といっても、世の中全体からいえば 少数の富裕層だったでしょうが)、出版社もまた それを前提にして、本を、現在のような厚表紙のハードカバーではなく、仮綴本(かりとじぼん)として出版するのが常でした。これは現在のペーパーバックとは違います。おそらく、本来は表紙なしの本体に軽いジャケットをかけただけのものだったのでしょうが、次第に もう少し表紙らしくして、ソフト・カバーといった感じの本にしていきました。

 特にフランスでは 一つのスタイルができあがって、本体は 三方の小口をアンカットとし、これを2段だけのかがり糸で綴じ、薄手の紙で 背のみ糊づけした表紙をつけ、表紙の三方を見返し側に折り返す(少しでも丈夫にするために)という方式が確立しました。購入した人は表紙を取り外し、小口をカットして天金をほどこし、革で製本する、ということになります。古書カタログでは、製本し直したものを Livre Relié(ルリエ、製本された本)、仮綴じ本を Livre Broché (ブロシェ、仮綴じの本)と記載します。

「フランス装」、仮綴じ本の表紙

 しかし書物が大衆化するにつれ(あるいは、本を買う中産階級の増加につれ)、仮綴じ本を購入した人の中で、革製本をする人の比率は下がっていったようです。したがって仮綴じ本のまま所有する人が増えていきましたので、出版社側も、そのままでも愛書家の所有欲を満足させるように、仮綴じの表紙にも絵を入れるようになり、また、傷みやすい柔らかい紙の表紙をパラフィン紙で包んで保護したりすることも多くなっていきました。そうなると、革で再製本する人も、このオリジナルの表紙を保存して、再製本の中に綴じこむようになります。

 カバーに使うパラフィン紙というのは、半透明の薄紙で、昔は日本でも岩波文庫を初めとする多くの文庫や新書に、ジャケットとしてよく使われていました(現在のような、カラフルに印刷されたジャケットではなく)。製法の違うグラシン紙と 見かけ上は区別がつかないので、実際は どちらなのか わかりませんが、フランスの仮綴じ本は表紙の三方が内側に折り返してありますので、この通りにパラフィン紙でジャケットをかけるのは、結構面倒な手作業だったはずです(パラフィン紙でくるんだ上に、さらにこれを函に入れる場合さえあります)。
 このフランスの仮綴じ本の伝統は、第二次大戦後は すたれてゆき、三方を裁ち落とす ペーパーバックが主流となってゆきました。今では ハードカヴァー以外は、ほとんどすべてペーパーバックです。フランス語では ペーパーバックもブロシェと呼びますが、古書目録で Couverture Remplié(折り返し表紙)と書いてあるのが、古い、手の込んだブロシェです。

『青い鳥』挿絵のあるページ・3

 しかし戦前の日本人には、こうしたフランスの仮綴じ本のスタイルが、却って瀟洒(しょうしゃ)なものに映ったようです。買った本を再製本する(まして革製本をする)などという伝統のなかった日本で、この仮綴じ本の方式が一つの完成した製本様式のように受け取られたのも無理はありません。そこで、この方式が「フランス装」と呼ばれ、フランス文学の翻訳本だけでなく、日本の新刊書でも珍重されました。フランスの文学書を多く出版していた白水社は、特にこの「フランス装」を好んだようです。

 その一番の欠点は、背表紙が傷みやすいことでしょうか(また、コーティングしていないので、焼けやすくもありました)。「フランス装」という、日本独特の命名もまた 人を惹きつけるのでしょうか、今ではハードカバーよりも 却って手のかかるフランス装の新刊書が、たまに出版されます。また、なぜか展覧会の図録(カタログ)に使われることもよくあり、私の蔵書のなかでは、国立西洋美術館の『ウィリアム・ブレイク展』や、町田国際版画美術館の『挿絵本の世界展』などがそうです。どちらもパラフィン紙のジャケットが かけられています。

 今回採りあげた『青い鳥』も、革製本していない仮綴じ本(日本でいう「フランス装」)のままの本です。もちろん天金はなく、三方の小口がアンカットだったので、最初に読んだ人がペーパーナイフで切った不揃いな小口をしています。背表紙がやや傷んでいるものの、中身はきれいです。本の巻末には番号がついていて、これは 5044番ですが、1945年に 5000部以上も刷ったのだろうかと、少々疑問に思います(総部数は書いてありません)。504番の間違いではないでしょうか。

 メーテルリンクの『青い鳥』については、今さら解説することもないでしょうが、クリスマス・イヴに 木こりの子供チルチルとミチルの兄妹が夢を見ます。妖女ベリリウンヌが現れて、娘の病気を治すために青い鳥をさがして連れてきてほしいと頼みます。そこで2人は夢の中で「思い出の国」や「夜の宮殿」、「墓地」、「幸福の国」、「未来の国」などの1年にわたる旅をして、結局は青い鳥を手に入れられないままに家に帰ると、青い鳥は初めから彼らの部屋にいました。しかし隣家の少女にあげると、少女の病気は治るものの、青い鳥はどこかへ飛び立っていってしまう、というものです。

 この夢幻劇に、アンドレ・E・マルチは 実に清楚で美しい挿絵を 26点も描いて、魅力的な挿絵本としました。1ページ大の絵はフロンティスピースの1点だけで、あとは全部、本文活字と組み合わせられています。つまり、それぞれの絵を独立させようとするのではなく、活字の本文と一体化した「書物芸術」にしようとした意図がわかります(A・マルチの挿絵本の特色です)。『青い鳥』は、マルチが手がけた挿絵本の 代表作と見なされています。

『青い鳥 挿絵のあるページ・4

 さて、もう一つ重要なのは、フランスの こうした挿絵本に用いられている挿絵の技法です。これは版画の一種で、ポシュワール(Pochoir)と言います。日本ではポショワールという表記が一般的ですが、これはフランス語の誤った発音です(ちょうど画家のルヌワール(Renoir)をルノアールと表記するように。OI の発音は「ォア」や「ォワ」ではなく、「ゥワ」です)。

 前回採りあげたファーガソンの『歴史的探究』には、銅版画(エッチング)と、石版画(リトグラフ)と、小口木版画(ウッドカット)の 3種の図版が用いられていることを書きましたが、フランスでは、もうひとつの版画技法である ポシュワールが 19世紀末から急速に流行し、20世紀初めに ジャン・ソデによる技術的完成によって、ポシュワールによる彩色図版が 隆盛をきわめたのです。英語ではステンシル(Stencil)になりますが、イギリスには ポシュワールの挿絵本が ほとんどありません。

 これは、一色ごとに金属の型板を作り、切り抜かれた部分を 職人が 刷毛あるいはスプレーで彩色して色を重ねるという、たいへんに手の込んだ方式です。そのかわり手彩色ですから、実に発色がよく、写真製版のカラー図版など比べものになりません。つまりこの本には、オリジナルの版画が 26点も組み込まれているわけです。フランスの最も有名なアールデコの挿絵画家、ジョルジュ・バルビエの挿絵本も、ほとんどが ポシュワールの技法で作られました。

 『青い鳥』はそれほど長編でもないので、文字本だけなら安価に入手できますが(日本でも数種の文庫本が出ています)、こうしたポシュワールによる挿絵本は、仮綴じ本であっても、はるかに高価になり、ましてこれを革製本するというのは、裕福な愛書家でなければ、あまりしなかったことでしょう。まあ 日本人であれば、革製本でなくとも、「フランス装」の挿絵本でも十分に満足のできる、今から 66年前の古書ということになります(この「古書の愉しみ」シリーズで紹介してきた本にくらべると、ずいぶんと愛らしい小型本ですが)。

『青い鳥』第7場の挿絵、6.8cm×9.4cm、A・マルチのポシュワール

 ここには、挿絵のあるページをすべてスキャンして載せておきますので(もちろん、挿絵のない文字だけのページのほうがずっと多いですが)、フランスの挿絵本とは いかなるものかということを理解し、もし惚れ込んだ向きは、この魅力的な本の実物を手に入れてください。

 『青い鳥』 はフランス語では 「ル・ワゾ・ブル」 ですが、英語では 「ザ・ブルー・バード」 で、アンドレ・マルチよりもずっと早く、ケイリー・ロビンソンの手になる少し大型の、英訳版の挿絵本が、1911年にロンドンとニューヨークで出版されています(これもなかなか魅力的な挿絵本ですが、挿絵はポシュワールではなく、水彩画の写真製版です)。

 なお、フランスの挿絵本については 荒俣宏氏や鹿島茂氏が多くの本を書いていますが、気谷誠(きたに まこと)氏の 次の2冊も おすすめです(3年前に、54歳の若さで亡くなりました)。
 ・ 『愛書家のベル・エポック』 1993年、図書出版社、ビブリオフィル叢書
 ・ 『西洋挿絵見聞録(製本・挿絵・蔵書票)』 2009年、アーツ アンド クラフツ

( 2011/ 10 /01 )


 < 本の仕様 >
 "L' OISEAU BLEU" 絵入り本、1945年、パリ、エディション・ダール・ H・ピアッツァ社
   (文字本の初版は 1909年、シャルパンチエ・エ・ファスケル社)
   20cmH x 14cmW x 2cmD、350g、176ページ、フランス語
   総部数不明だが、5044番の番号がふられている。ブロシェ(仮綴じ本、フランス装)
   ポシュワールによる彩色図版 (小カットを除いて)25点。



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