ANTIQUE BOOKS on ARCHITECTURE - XLVIII
アンドレ・パッカール
『 モロコの建築装飾 』

André Paccard :
" Le MAROC et l'Artisanat Traditionel
Islamique dans l'Architecture "
1983, Édition Atelier 74

神谷武夫

『 モロッコの建築装飾 』1,2巻、1983年版

BACK      NEXT


モロッコの建築と工芸

 今回の「古書の愉しみ」第48回で紹介する『 モロッコの建築装飾 』は 今から35年前の出版なので、それほどの古書ではありません。しかし有用な書であるにもかかわらず 入手困難になっているので、採りあげることにしました。イスラーム建築の仕上げや装飾、その技法について知りたい人には 必須の本だからです。モロッコについてカラー写真満載の本はたくさん出版されていますが、そのほとんどは単なるコーヒー・テーブル・ブックであって、建築家として感心するようなものは ほとんどありません。その中で この『 モロッコの建築装飾 』だけは、専門家にも一般の方にもお勧めできる 立派な書物です。
 まず私の写真を一枚だけ、最初に掲げます。メクネスにある ムーレイ・イスマーイール廟の中央ホールで、モロッコ工芸の粋を集めたインテリアです。『イスラーム建築』の103ページにモノクロで載せた写真を、ここではカラーでご覧ください。

イスマーイール廟

 モロッコの建築工芸というのが、いかに繊細で美しいものか(ウェブ上で解像度が低い図版なので、十分とはいえませんが)わかるでしょう。こうした建築装飾がいかに作られるものかを、単に最終結果だけでなく そのプロセスを、大量のカラー写真を用いて 微に入り細を穿って描き出したのが この本です。
 今回は 写真が拡大されるのはこれだけで、あとはすべて 本の見開きページを そのまま本文に入れます。このサイトには、60ページもスキャンして 以下に掲載してあります。小さい写真から拡大するのではなく、初めから大きく掲載して、全体が連続的に見渡せるようにしてあります(したがって このページだけで かなりの容量になるので、表示するのに時間がかかるかもしれません)。本は上下2巻、全部で1,100ページもありますから、その わずか5パーセント強にすぎませんが、どんな内容の本かということはわかるでしょう。A4判より少し大きいサイズのハードカバーで、重さは2冊 合わせて 6.4キロにもなります。イスラーム工芸に強い興味のある人には、必備の書です。

 原題は "LE MAROC ET L'ARTISANAT TRADITIONEL ISLAMIQUE DANS L'ARCHITECTURE" なので「モロッコと、建築におけるイスラームの伝統的職人芸」といった意味ですが、本稿では端的に『 モロッコの建築装飾 』としておきます。私が翻訳出版するとしたら、こういう邦題にしたであろうし、イスラーム建築における伝統的職人芸は 現代までも続いていて、宗教建築ばかりでなく、現代の王家の廟から 銀行建築にまで適用されているからです。
 本は上下2巻で、フランスの地方都市 サン・ジョリオでの出版です(Editions Atelier 74, Saint-Jorioz, France)、1980年に初版が出て、1981年 同ジャケットにて増刷、1982年 ジャケットのデザインを変えて第3刷り、1983年 同ジャケットにて 第4版と称する第4刷りが出ました。私が所有するのは、その第4版です。各版を見比べたわけではありませんが、内容的には ほとんど改訂がないようで、基本的に同じものと思って 差支えないようです。

 これは モロッコの建築工芸を調査した 貴重かつ大部の書で、仏 アカデミー・フランセーズの金メダルを受賞しました。 イスラームの建築装飾を 詳細かつ立体的に紹介した空前絶後の書で、技法や材料ごとに、現代まで続く生きた建築装飾を、カラー写真を駆使して各工芸家の製作プロセスを追いながら詳細に示しています。 イスラーム美術愛好者の垂涎の書です。 本文はフランス語ですが、英訳版もあります。英語版は 1980年に メアリ・グッゲンハイムの訳で, "Traditional Islamic Craft in Moroccan Archirtecture" 「モロッコ建築における伝統的イスラーム工芸」という題で 一度だけ出版されました。イギリスやアメリカの出版社が大々的に出したわけではなく、もとのフランスの「アトリエ74」が出しただけのようなので、これも入手困難になっているようです。

 そもそもは アンドレ・パッカール (1929-1995) という、フランスのアヌシーで生まれた室内装飾家がイスラームの建築工芸に惚れ込み、1973年に かつてフランスの保護領だったモロッコ王国の首都ラバトに渡りました。フランスとモロッコに橋を架けるような貿易と室内装飾の仕事を長年続け、フランスの建築家 ジャン・バチスト・バリアンの協力も得、次第に現地の工芸家を雇って王宮の修復工事などもするようになり、国王をはじめとする王室の人たちの知遇を得ました。本国のアヌシーでも「アトリエ74」という工房を経営して100人規模の従業員を雇っていたといいます。
 彼のモロッコ建築と工芸への愛と造詣は 名匠たちとの付き合いも生み、国王ハッサン2世から モロッコ工芸を欧米に紹介する本の出版を勧められ、援助を受けました。 パッカールは多くの工芸家の工房を訪ねて、その仕事を調べ、撮影していきました。こうして出版された『モロッコの建築装飾』は大半が写真であって 文章の量は多くないですが、アンドレ・パッカールはその著者となり、文筆家ともなったのでした。のちにマラケシュの町の本なども出しています。


  

『 モロッコの建築装飾 』第1巻のダスト・ジャケット、1983年版
フランス建築アカデミーの1981年グランド金メダル受賞のラベルが貼られている



『 モロッコの建築装飾 』第1巻、13、23ページ
「上巻目次」と、第1章「序説」、第2節「イスラーム美術」冒頭

● 全巻の目次を 以下に示すが、章番号と節番号は この HP上の便宜的なものであって、原書にはない。

第1巻  第1章「序論」    第1節「まえがき」
                第2節「イスラーム美術」
                第3節「歴史と影響」
     第2章「コンセプト」 第1章「住居」
                第2章「礼拝場」
                第3章「パターンの作図」
                第4章「カリグラフィ」
     第3章「技法」    第1章「土」

第2巻   (承前)        第2章「石」
                第3章「石膏」
                第4章「木」
                第5章「金属」
                第6章「空気と光」
     付録         系図、年表、文献、重要地、語彙、謝辞


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、71ー72ページ
第2章「コンセプト」、第2節「住居」扉、中庭住居


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、160ー161ページ
第2章「コンセプト」、第3節「紋様の作図」幾何学紋様の作図


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、242ー243ページ
第2章「コンセプト」、第3節「紋様の作図」スタッコ彫刻と、木製天井


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、244ー245ページ
第2章「コンセプト」、第3節「紋様の作図」下図の作画法と、完成タイル・モザイク例


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、280ー281ページ
第2章「コンセプト」、第3節「紋様の作図」下図と、スタッコ彫刻


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、328ー329ページ
第2章「コンセプト」、第4節「カリグラフィ」各種工芸で文字を書く


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、346ー347ページ
第2章「コンセプト」、第4節「アーチ」、フェスのカラウィーン・モスク


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、354ー355ページ
第3章「技法」の扉


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、356ー357ページ
第3章「技法」、第1節「土」扉


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、384ー385ページ
第3章「技法」、第1節「土」
彩釉タイルの色ピースを裏返しに並べていく。


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、402ー403ページ
第3章「技法」、第1節「土」
モルタルをかぶせて、固まってから パネルを裏返すと完成


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、432ー433ページ
第3章「技法」、第1節「土」色タイル片を作図に沿って並べる


『 モロッコの建築装飾 』第1巻、432ー433ページ
第3章「技法」、第1節「土」
円柱を装飾する名人工芸家、マーレン・ムーライ・ハーフィドの紹介
こうした 名匠の紹介が 各節にある。



 第1巻はここで終りますが、ここが全体の切れ目というわけではなく、内容的には第2巻にこのまま続いています。全体があまりに長いので、ちょうど半分で2冊に分けたという感じです。
 文字だけのページというのはほどんど無く、全編にカラー写真が入れられて、実際の工芸、職人の様子がよくわかります。

『 モロッコの建築装飾 』第1, 2巻、ジャケットをはずした本体


  
『 モロッコの建築装飾 』第2巻のダスト・ジャケット、1983年版


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、14ー15ページ
第3章「技法」、第2節「石」、扉


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、24, 54ページ
第3章「技法」、第2節「石」、石造の迷路状の池と、柱頭の種類 I.


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、32ー33ページ
第3章「技法」、第2節「石」、水盤・噴水


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、74, 61ページ
第3章「技法」、第3節「石膏」、扉


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、130ー131ページ
第3章「技法」、第2節「石膏」、アーチ下面の彫刻


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、162ー163ページ
第3章「技法」、第3節「石膏」、窓まわりの彫刻


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、220ー221ページ
第3章「技法」、第4節「木」扉


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、248, 227ページ
第3章「技法」、第4節「木」天井と、木部の彩色


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、328ー329ページ
第3章「技法」、第4節「木」木製のムカルナス装飾


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、358ー359ページ
第3章「技法」、第4節「木」木製細工の名人、マーレム・ベラミーン
こうした名人工芸家の紹介が、各節にある


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、358ー359ページ
第3章「技法」、第4節「木」木製天井


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、446ー447ページ
第3章「技法」、第4節「木」種々のムシャラビーヤ(格子窓)


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、458ー459ページ
第3章「技法」、第5節「金属」ドア・ノッカー


『 モロッコの建築装飾 』第2巻、482ー483ページ
第3章「技法」、第5節「金属」頂華と窓格子


初版と豪華版

 『モロッコの建築装飾』の初版(1980年版)は、私の所有する第4版とはジャケットのデザインが違っていました。第1巻がタイル・モザイクの幾何学パターンで、第2巻は木彫のムカルナスに彩色したものです。英語版のジャケットもこれと同じ装幀です。1982年の第3版でデザインを変更し、第4版はそれを踏襲しました。どちらが良いかは好みの問題で、たいした差はないと言えます。内容自体もまったく変更が無かったようなので、版による選択の意味はありません。

『 モロッコの建築装飾 』初版のジャケット(ウェブサイトより)

 それよりも、ずっと後になって知ったのですが、第4版を出版した時に 50部限定の豪華版を作たようです。牛革装で、表紙は写真を使うのではなく、革のモザイクで幾何学パターンをつくり、上部には天金をほどこしていたようです。普通の版もオールカラーの大部の書で高価なのに、さらに豪華な造本にしたのでは、かなり高額になったことでしょう。魅力的ではありますが、大枚をはたいて入手しようとは思わない次第です。おそらく 王室関係者などへの 贈呈用だったのではないかと思います。

『 モロッコの建築装飾 』50部限定の豪華版(ウェブサイトより)


なお モロッコの建築作品としては、「イスラーム建築の名作」のサイトで
マラケシュの『イブン・ユースフ学院』を紹介しています。
ここをクリック すると 別のウィンドウに出ます。

( 2019 /07/ 01 )



< 本の仕様 >
『モロッコの建築装飾』アンドレ・パッカール著、アトリエ74出版、アヌシー、フランス
 "LE MAROC ET L'ARTISANAT TRADITIONENEL ISLAMIQUE DANS L'ARCHITECTURE"
 上下2巻、第4版、1983年、31cm × 24.5cm、各516pp, 584pp. 重量 計6.4kg.
 Editions Atelier 74, Saint-Jorioz, France, 4th ed. 1983(初刊は1980)
 ハード・カバー、ダスト・ジャケット付、本文には大量のカラー写真を入れる。
 英語版は 1980年 "Traditional Islamic Craft in Moroccan Architecture"
  Translated by Mary Guggenheim, Published by Atelier 74, 1980



BACK     NEXT

© TAKEO KAMIYA 禁無断転載
メールはこちらへ kamiya@t.email.ne.jp