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リスの小さな写真が1枚、かろうじて見つかった。
私が大学2年生の 初秋の ある日、母が2階の私の部屋に来て、「柿の木の枝に、変なもの がいるわよ」と言うので、すっかり大きくなった柿の木に面した 客間の大きな窓に行ってみると、柿の木の上の方の枝に、ちょこんと シマリスが座っているでは ありませんか。何かを 食べている風でもなく、どこか 遠くの方を 眺めているような感じでした。 そこで 庭に下りて、反対側から 軽く木を揺さぶると、リスは ピョンと飛び跳ねて 客間に入り、そのまま 走って、廊下を隔てた 北側の私の部屋に 跳びこみました。そこで 部屋に戻って ドアと窓を閉めたので、リスは 私の部屋に入ったまま ピョンピョン跳び跳ねていましたが、夕方になると 姿が見えなくなりました。 部屋のどこかに、外に通じる すき間があったのかもしれない と思っていましたが、夜になってから、リスは 部屋の中の どこか暗い所で 寝ているのではないかと 思い至りました。リスが 寝ていられるような、暗くて静かなところは ないかと探したら、父に造ってもらった一間巾の 大きな本棚の、どこか 本の後ろ側ぐらいしか 思いつきません。そこで 一番上の段から順に、本を数冊ずつ 抜き出しては その後ろ側を調べてゆくと、ちょうど 目の高さの段の 右側の方に、リスが 丸くなって スヤスヤと寝ています。これは面白いと、家族みんなを呼び集め、母には バナナを3ミリぐらいの厚さに 輪切りにして 1枚持ってきてくれるように 頼みました。
皆、リスを まじかに見るのは 初めてなので 大いに興がり、もっと よく見えるように、私が 右手で リスを包むようにして 手前に引き寄せ、さらに 輪切りのバナナを与えると、リスは 寝ぼけまなこのまま 立って、小さな両手を 大きく広げて バナナの両端を持ち、ちょうど 口の位置にくる バナナのてっぺんを 食べ始めました。その 可愛らしさたるや 形容を絶するもので、みんな 大喜びで見ていました。 ![]()
輪切りのバナナを食べる シマリス(色を削除)
リスは それ程 お腹が すいていなかったのか、あるいは 寝ている最中だったからか、輪切りのバナナを1枚全部食べるということは なく、2まわりか3まわり 外周を食べると、まだ半分以上ある残りを ポイと捨てます。それがまた 憎たら可愛くて、みんな大笑いです。それを機会に リスを もとの場所に戻してやり、手前に本を並べると、リスは すぐまた 眠りについたようで、朝まで 起きてきませんでした。
何日かして 分かったのですが、リスは 昼行性の動物なので、日が暮れると 眠りにつき、夜が明けると 起き出すのです。それが 晴れた日ばかりでなく、曇りの日も 雨の日も そうなのですから、実際に 日没や 日の出の明るさを 見るわけではなく、そういう体内時計が 働いているのでしょう。日没時刻は 毎日 少しずつ変化しているわけですから、体内時計も そうなっているらしい。
その日の夜になって、本棚の 昨日の本を どかしてみると、リスは 同じところで 寝ていました。おそらく、最初に そこを寝場所と決めた時に、オシッコをして 匂いを つけたのでしょう。 毎日 日が暮れると、本棚の同じ場所で眠るのです。 私にとっては 好都合でした。 毎夜、あちこち探す手間なしに 同じ本をどけて、リスを右手で やさしく包むようにして持ち、左手の手のひらに乗せたり、机の上に座らせたりしました。 寝ぼけまなこ のリスは 無抵抗なので、逃げもせず、噛みつきも せず、私に「されるがまま」です。 当時 兄は大学院生で、大岡山のほうに下宿していたので、私は二部屋を占領して つなげ、机と、2台の大きな製図版、1間巾の 造り付けの本棚、ステレオ、ベッド、小テーブル、それに何脚かの椅子を置いていましたから、リスにとっては十分に広く、走り回ったり 跳び上ったりするところに 不足は無かったでしょう(吊戸棚の本棚も あったし)。 時々、黒くて小さな丸薬(がんやく)のようなものを 床に見つけたので、ああ、これがリスの 糞なのかと、つまんで屑かごに捨てていました。いけないのは、オシッコです。製図版に上って、書きかけの図面(トレーシングペーパーか ケント紙)の上にオシッコをして 黄色いシミを付けてしまうことが あります(リスは小さいので、オシッコの量も わずかですが)。
![]() 『シマリス 完全飼育』大野瑞絵著、2022年、誠文堂新光社 最近 読んだのですが、『シマリス 完全飼育』という本があり、シマリスの生態や 飼い方について 実に詳しく書かれています。その中に シマリスを飼っている人たちが どのように リスと接しているかを 尋ねたところがあり、次の「トロさん」の文が 面白かった。 「シマリスは 専用部屋で 過ごしてもらっています。その部屋に入るとき、ドアを いきなり開けると ビックリして 飛びのくので、小さめにノックして 名前を呼んで「開けまーす」と 声をかけ、驚かさないように しています。何かをするときにも 無言でせずに、名前を呼んで「〇〇するよー」と 話しかけています。へやんぽ(部屋の中を散歩させること)をするときは、よそ見をしていると 怒って噛みに来るので、いつも 顔が見えるところで 待機しています。」 「おリス様」を 溺愛(できあい)しているのですね。 それに比べると、私のは「自由放任」というか、「ほったらかし」のようなもので、私が 建築の勉強と 設計課題に打ち込み、時々レコードを聴いている部屋を、いつも 勝手に 走り回ったり、ピョンピョン跳びはねたり、あるいは 部屋のどこかで 長いこと じっとしていたり していましたから、よく一度も、うっかり 踏みつけなかったものだ と思います。リスや ウサギは、通常 人間に つかまれたり 抱かれたりするのも 嫌います。
昼間、リスに ちょっかいを出すことは ありませんでしたが、リスの動きが 視野に入ることが多く、ときには 私が図面を描いている時に、製図版の上に上ってきたりするのを見るのは、楽しいものでした。このリスは 自分から 私の手の平に乗ってきてくれる ほどには 人間に なついて いませんでしたが、たまに 私の体を駆け上がって 肩に乗ることも ありました。
そんな風に1週間ばかり過ごしているうちに、母が いつも 茶飲み話をする相手の、近所のK夫人に その話をすると、もしかすると そのリスは、Kさんの家に下宿している女性が 飼っていたリスかもしれない、ということに なりました。半月ぐらい前に 逃げ出してしまった そうですから、多分 そうなのでしょう。K夫人が 夜、その人に詳しく話をすると、おそらく そうだと思うが、そのリスが そんなに なついているのなら、私にあげてもいい、という返事でした。女性は 春から勤めているので、毎日 帰宅すると リスは すでに眠っていて、あまり触れあうことができないし、狭い部屋の下宿では、あまり「へやんぽ」をさせることもできない、いったん逃げ出したリスが 戻るということは まず 無いので、すでにあきらめていた、ということも あったのでしょう。有難く頂戴することにすると、もう いらないから と言って、小型でしたが、それまで使っていた リス用の ケージまで くれました(高さ30cmくらい)。
ケージには エサの置き場や 水飲み場、犬小屋をミニサイズにしたような 木製の「巣箱」、トイレなどもあったので、入口を開けたまま部屋の隅に置いておくと、リスは自由に出入りしていました。食べ物としては、特に クルミは 絶やさないように していました。リスは 歯が命と言ってもよいくらいで、一生の間 絶えず伸び続ける 前歯(切歯)を削り 丈夫にするためには、いつも硬いものを齧(かじ)っている必要があり、それには クルミが一番良い。クルミがなくなると、本能的に 齧るものを求めて、柔らかい木の巣箱まで齧ってしまいます。 (昔は、西洋クルミを 八百屋さんで売っていたと思います。)
私が家にいる間は、いつも リスを部屋の中に 放し飼いにしていました。学校に行っている間は、万一を恐れて ケージに入れておきますが、出かける時に ケージをリスの所に持って行って 入口を向けると、狭いケージに さっと入るのは 不思議でした。ケージに入れるために リスを追い回したり したことは ありません。(前の飼い主さん の時の習慣が 残っていたのかも。) 上記の「完全飼育」の本などで、寝ぼけまなこのリスを いじったり、何かを食べさせたり するのは 良くないことではないかと 調べましたが、そういうことは 何も 書いてありません。おそらく、そんなことをする人は いないのでしょう。飼いリスは、普通 巣箱の中で寝ていますから、そんな狭い所に 手を突っ込んで リスに触れば、猛烈に噛まれてしまうだろうと、誰でも考えますからね。 ところが うちの場合は 特殊で、手前の本を どかせば(普通より 奥行きの大きな本棚なので)、眠っているリスの周囲に 何の障害物もないので、右手を リスに そっと かぶせるようにして 優しく包めば、リスは 何の抵抗も しません。左の手のひらや 机の上に乗せられて バナナや ナッツを食べても、夢の中の出来事のように、ぼんやり 覚えているだけでしょう(リスが 夢を見るとすれば ですが)。
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シマリスの ひまり さん( "CHIROPORO CHANNEL" より )
リスを 部屋に放し飼いにするというのは、リスが 逃亡する かもしれない ことを考えると、非常に危険な 飼い方なのですが、当時は、リスのことを 何も勉強しなかったので、そんな風には 思いも しませんでした。リスは ごく小さい上に、非常に すばしこいので、逃亡しやすいのです(前の飼い主からの 場合のように)。 そして 我々が飼うのは、中国や 韓国から輸入された「外来種」のリスです。外来種の生物が 外に放たれると、日本の「生態系」に 悪影響を及ぼしますから、絶対に やってはいけません。私がその「失敗」を やってしまう ことになるとは、思いも しませんでした。
飼い始めてから3ヵ月くらい経った ある日、私が 学校に行っている間に、母が 私の部屋の掃除をし、掃除の後で 換気のために、窓を5〜6センチ開けておいたのです。そして、じきに 閉める つもりでいたのを 忘れてしまいました。 そんなこととは 露知らず、学校から帰宅した私は いつものように、リスを ケージから 出してあげたのです。それから 30分ぐらい経った時に、私の目の前で、リスが ピョーン、ピョ−ンと 大きくジャンプしていたら、その 窓のすき間から、外に飛び出して しまったのです。
うちに 柿の木があったから できたこととは言え、私がしたように、誰かが あのリスを捕まえて 飼ってくれたことを 願いますが、都会の中ですから、一番の可能性としては、犬のタロの場合と同じように、車に轢かれてしまった かもしれません(へたをすると、猫に 捕食されてしまう 恐れもあります)。 あの日、母が 窓の 網戸さえ閉めていれば(あの窓には 網戸が なかったのかもしれないが)、リスは はね返され、一度 そういうことがあれば、私も母も ずっと用心深くなったでしょうから、再発は させずに、3年後に 私が独立して 家を出るまで、あの部屋で リスとの共同生活を 送っていたことでしょう。それでも 3ヵ月とは言え、可愛らしい シマリスを 毎日 見て、触っていたことは、私の人生の、懐かしく 楽しい思い出です。 ![]()
『北の国のシマリス』 矢部志朗 エゾ シマリス写真集
のちに、初めて インドに行ったとき、至る所に リスがいるのに 驚きました。森の中 というわけでは ありません。首都の デリーでも、タージ・マハル廟 のある アーグラの都でも、リスたちが 街の中を ピョンピョン 飛び跳ねています。私が飼っていたのと 同じような、シマリスです。インドのガイドブックには そんなことは 何も書いてなかったので、最初は 面食らいました。人と会って 話しているそばにも 跳んできます。勿論 すばしこいので、捕まえることなど できません。 日本の北海道には、昔から 国産種の「エゾ シマリス」が住んでいて、我々が飼っている(かつては 朝鮮から、今では 中国から 輸入されている)シマリスと、外見上は区別がつかないそうです。 インドのシマリスも、「インド シマリス」というような 固有種なのかも しれませんが、本を調べても、インドには、体長が(シッポを別にして)35〜50センチもあるという「インド オオリス」のことしか 書いてありません。でも そんなに大きなリスは、見たことがありません。インドにいると、普通のシマリスを あまりに多く見慣れてしまうので(ホテルの部屋にまで 入ってくることが あります)、日本に帰ってきても わざわざ「インドには リスがいる」などと言う気には、誰も ならないのでしょう。私自身、初めのうちこそ 驚きましたが、その内に 不感症になって、どこにでもいるリスが 目に入らなくなって いきました。建物ばかり撮影していたので、インドの シマリスの写真は1枚も ありません(すばしこく 跳びまわるので、なかなか 撮れない、ということもあります)。 ( 2024 /06/ 01 )
最近になって、アメリカのウィキペディアや『研究社 新英和大辞典』などを調べていて、驚くべきことを知りました。インドのシマリスは 英語では Palm Squirrel と言い(「ヤシの木のリス」の意か、あるいは「手の平のリス」の意でしょうか?)、「シマヤシリス」と訳すそうです。「スクワーレル」は リスの一般名で、誰でも英単語として覚えたことがあるでしょう。シマヤシというのは 縞椰子とか 島椰子というヤシの木があるのか、シマリスの中に椰子を入れこんだ名前でしょうか?(動植物の カタカナ「和名」というのは、いつも奇妙です)。 リスの中でも シマリスは、英語で「チプマンク Chipmunk」と言います。私がインドの至る所で見たと書いたシマリスは、実は北インドから台湾にかけて分布するチプマンクです。 これに対して 南インドからスリランカにかけて分布するシマリスは、主に「インドシマヤシリス」と言う チプマンクだそうで、学名は Funambulus palmarum(フナンブルス・パルマルム) 、英語では 何と Three-striped Palm Squirrel(スリー・ストライプト・パーム・スクワーレル)とも 言うのだそうです! つまり「3本縞のシマリス」ということです ! ! 私が 南インドや スリランカに旅していた時には、まったく気がつきませんでした。 大いに驚いて その写真をネット上に探したら、アメリカのウィキペディアに、3本縞の 赤ちゃんリスが寝ている写真がありました。
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白い3本縞の「インドシマヤシリス」
普通、我々が シマリスと言うのは、「焦げ茶色の縞」が5本あるリスなのですが、「インドシマヤシリス」は それとは違って、黒っぽい地の上に「白い縞」が3本あるのです。これには まったく驚いてしまいました。北方のシマリスよりも、少し大きいそうです。「我々のシマリス」は、背中の中央の、頭からシッポへとつながる メインの縞が 焦げ茶色なのに、南方の「インドシマヤシリス」では、中央のメイン縞が 白いのです! さらにネットで写真を探したら いろいろと見つかり、確かにそうだ と分かりましたが、どこか 日本の動物園にも居るのでしょうか?
● 窓辺に ナッツを用意しておくと、近くに住む 野生のリスが 次々と来て、
● 栗を食べる、シマリスの ひまり さん
● リスが4匹の赤ちゃんを産んだのに、死にかけて・・・
● カナダの 野生のシマリスも 人になれて、服のポケットにまで入る
![]() ピーナツをもらうシマリス ( "ChooChoo's Story" より )
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