古いファイルを整理していたら、岩波書店の『建築学用語辞典』第2版の宣伝パンフレットが出てきた。1999年 10月とあるから、14年近くも前のものである。それは 日本建築学会 の編・著で、パンフレットには 当時の建築学会会長の岡田恒男氏が、
「『建築学用語辞典』 は 建築学の専門分野の英知を結集して編纂された。・・・ 本辞典が 広く座右に置かれることを期待する。」
と 書いている。 出版社からは、
「1993年の 初版刊行以来、本辞典は 「正確で簡便な辞典」として 多くの読者に迎えられて まいりました。このたび、学会編集委員会のご努力によって、項目の増補や加筆など 一層充実したものとなり、ここに 装いも新たに 改訂版として刊行いたします。」
とある。
そういえば、そんな辞典があったっけ、と思いながら、しかし 全く利用したことがなかったので、いったい どんな辞典だろうかと、興味をもった。彰国社の『建築大辞典』については、この HPにも載せている「文化の翻訳―伊東忠太の失敗」の中に、次のように書いたことがある。
「さて後者の《建築》であるが、よく知られているように、わが国の建築界の総力をあげた(と宣伝文句にある)『建築大辞典』が、彰国社から出版されている。さぞかし この辞典が役に立っただろう、と思われるかもしれない。しかし、実のところ、『イスラムの建築文化』を翻訳する上で、この辞典は ほとんど役に立たなかった。 ・・・・『アーキテクチュア』が 文化、芸術上の概念であるのに対して、『建築』は 物理的、工学的な意味を持たされてしまった。そのために、わが『建築大辞典』は、「アーキテクチュア」についての大辞典ではなく、「建設工学」についての大辞典と なってしまったのである。私の翻訳した "Architecture de l' Islam" は、イスラムの「ビルディング・サイエンス」 についての書物ではなく、イスラムの「アーキテクチュア」についての書物であるので、翻訳のうえで、『建築大辞典』よりも むしろ『世界美術辞典』の方が役に立つ、ということが起きるのである。」
それだから、この『建築学用語辞典』もまた、どうせ「建築用語辞典」ではなく、「建設用語辞典」だろうと思い、実物を 手に取ることも なかったのかもしれない。そこで 今回、図書館から借りてきて、パラパラと めくってみた。すると、思ったとおり、これは、『建築大辞典』よりも なお一層、建設工学(ビルディング・エンジニアリング)についての 用語辞典であって、建築(アーキテクチュア)についての辞典ではない とわかった。
どうして 日本では そういうことになるか については、「文化の翻訳―伊東忠太の失敗」に詳しく書いたので、ここで 繰り返すことは しない。ただ、この辞典の ほんの わずかの項目を引いてみただけで、これが 日本の「建築学の英知を結集して 編纂された」辞典かと、目を疑ってしまったので、そのことだけを 書き留めておくことにする。
まず、私の仕事に関連して、どんな項目があるのかと 見てみた。「インド」という言葉を含む項目を さがすと、たったひとつ、「インド仏教建築」という項目があるのみ だった。そして、その説明は こうである。
「ウマイヤ王朝の 前2世紀頃から、ヘレニズムの影響のもとに インドで興った建築様式。」
何と、インドに ウマイヤ朝 が ?!?!
いったい これは、本当に 日本建築学会の学者が書いたのだろうか。ウマイヤ朝というのは、イスラームの 最初の王朝であって、シリアの ダマスクスを首都とする、7世紀から8世紀の アラブ帝国である。インドの仏教建築と 関係が あろう筈(はず)もない。
これは、インドの アショーカ王で知られる マウリヤ朝 (漢訳仏典では 孔雀王朝)の誤りであろうが、しかし中学生なら いざ知らず、インドのマウリヤ朝を イスラームのウマイヤ朝と 取り違えたりする大学教授が いるものだろうか? それも、「随想」などにおいて ではなく、「辞典」の項目の執筆において である。「あいた口が ふさがらない」とは このことだ。
この辞典の序文には、「できるだけ多くの 専門家に 執筆を依頼した」とあるし、また 「原稿には 何重かの 査読による 修正を加え」た とある。何重もの査読をして (何人もの学者による チェックをして)、こんな誤りを 放置するものだろうか? まして、これは「第2版」(改訂版)である。単なる増刷ではなく「第2版」と銘打つからには、内容を アップ・トゥ・デイトなものにするためにも、改めて すべての項目を 読み直して チェックするものでは なかろうか。
いっそう不思議なのは、これが 工学専門の(人文科学には うとい)出版社から出た のではなく、岩波書店 の出版だ という事実である。「岩波の辞典」といえば、さまざまな分野で、最も権威と信頼のある 辞典の地位を占めていることが多い。岩波の 辞書編纂部は、その長い伝統を受け継いで、編集者が すべての項目において チェクにチェックを重ね、その記述中に出てくる すべての語を、 念には念を入れて 辞書にあたって確認し、厳密に 校正 をする筈である。それが、こんなミスを見逃すとは、一体 どうしたことか。あるいは、たまたま この辞典を担当した編集者が 怠惰をきめこんで、ほとんど校正をせずに、受け取った原稿のままで 出版してしまったのだろうか?
次に、イスラーム建築については どうかと思ったら、「モスク」という項目があり、「イスラム教における 礼拝のための宗教施設」という、実に短い説明があって、参照項目として「キブラ壁」、「ミヒラブ」、「ミンバール」、「ミナレット」が 挙げてある。そこで「キブラ壁」を引いてみた。
この『建築学用語辞典』というのは、その前身が『建築述語集』(1943)であり、さらに その前身が『和英建築語彙』(1919、大正8年)であって、その第一の目的は、欧米の建築用語を 日本語で どう表記すべきかの 基準を設けよう としたことにある。従って、この辞典では、すべての項目に 欧米表記(といっても、ほとんどは英語)が並べて書いてあり、これが 日本建築学会の 和英表記のスタンダードだ と いうわけである。
で、「キブラ壁」の欧文表記には 何と書いてあるかというと、「qibla」である。冗談ではない。 qibla(キブラ)というのは「聖ソフィア大聖堂とキブラ」のページにも書いたように、「マッカ(メッカ)に向かう 方向、すなわち礼拝方向」のことである。「キブラ壁」というのは、それとは 直角方向に建てられた 壁、すなわち「qibla wall」 である。qibla と qibla wall の区別も つかないとは!! これでは「和英建築語彙」の役割も 果たせないことになる。
こんな基本的な誤りをする というのは、これを書いた人が 何ら「専門家」ではなく、また 自分の あいまいな知識を確かめるために 辞書を引く という労さえ とらない 工学系の教員だとしか思えないし、また 岩波の編集員も、何ら チェックをしなかったのだろうと、思わざるをえない。
こうして、ほんの数項目を見ただけで、この辞典に対する興味を まったく失った。 これが「座右に置かれる」意味は、あまり ないのでは なかろうか。 日本建築学会というのは、<建設工学>(ビルディング・エンジニアリング)に関する学会であって、建築(アーキテクチュア)に関する学会ではない という、世間の人が あまり知らない事実を、よく示している。 改めて、「文化の翻訳―伊東忠太の失敗」を読んでいただければ 幸いである。
( 2013 /04/ 01 ) 神谷武夫