アメリカ 南部 |
神谷武夫
FLORIDA SOUTHERN COLLEGE, 1938-58,
フロリダ州のタンパ周辺には、フロリダ・サザン・カレッジと サウス・フロリダ大学という、よく似た名前の大学がある。前者は19世紀の終盤に創立された 名門私立大学で、後者は20世紀半ばに創設された州立研究大学である。タンパから 50kmのレイクランドにある前者は 小規模で、しかも私立なので、学長の裁量権は大きく、1938年に 当時のスパイヴィ学長が 「フロリダに教育の殿堂」を作りたいと願って、この年『落水荘』によって建築界の頂点に登りつめたライトに 電報を打ち、大学の中央部のキャンパス計画と その建物群の設計を依頼したという。
フロリダ・サザン・カレッジ、配置図 Annie Merner Pfaiffer Chapell, 1938-41, Lakeland
最初に建てられたのは、アニー・ファイファー・チャペルだった。キャンパス内で一番大きな建物であり、随一のランドマークである。ランターン・タワーと呼ばれる塔状部が 実に不思議な形をしていて、内部の吹き抜けのコンクリート・ボックスの上に、植物を絡ませるための金属のフレームが架けられている。タワーの内部には 礼拝室の上部が高く吹き抜けていて、それにスカイライトを与えているのだが、そのガラス天井の天井高さは 塔状部の半分くらいである。もしタワーの外形がその高さに造られていたら、これほど 印象深いランドマークには ならなかっただろう。
ファイファー・チャペル 外観、日時計、会衆席吹抜 ファイファー・チャペルでは、内部の吹抜けの2階の高さで 内陣と会衆席を仕切るスクリーンに、独特な意匠の彫刻を施している。この頃 ライトは「ユーソニアン・ハウス」においても、こうした装飾的「切り抜き細工」のようなスクリーンを、しばしば 木の板で作っている。おそらく、かつての 費用のかかるステンドグラスのような 装飾効果を、もっと安価に得る方法を 探求していたのだろう。
アニー・ファイファー・チャペル内部 Seminars Building, 1940-41, Lakeland セミナーズ・ビルディングズは 3棟の同型の建物から成り、それらをエスプラナードが緊密に結び付けている。建物はコンクリート・ブロックによる壁構造で、それぞれ エスプラナード側に事務室、奥に大教室を置いている。
セミナーズ・ビルディングのエスプラナードと、コンクリート・ブロック E.T. Roux Library, 1941-45, Lakeland E・T・ルー図書館の設計は 1941年に終わっていたが、第二次大戦の終わる1945年まで 工事にかかれなかった。規模が小さいので 学生数の増大に対応できず、20年後の 1968年に新図書館ができてから、ここは会議場として用いられている。
円形プランの中心に司書のカウンターがあり、そこから すべての閲覧机が 見渡せるようになっていた。机の列は外側ほど 床が高くなっていて、緩やかな階段教室の趣きである。外部を眺める窓はないが、周壁の上部と吹抜け部に 採光窓がまわっている。カウンターの背後の棟に開放書架が並び、地下には小チャペルがある。 Administration Building, 1945-48, Lakeland
ライトはキャンパスの「へそ」として大きな円形の池を造り、その円周から中心に向かって噴出する多数の噴水によって作られる「水のドーム」を、キャンパスの最大のアトラクションにしようとした。この池の東側に セミナーズ・ビルディングズを、西側に管理棟を配して、来訪者にも強い印象を与えることを意図した。
Ordway Industrial Arts Building, 1952, Lakeland これは 1942年に計画された時には 学生センターとして設計されたが、やがて産業美術(木工と金工)の工房に用途変更された。2つの中庭を囲んで 食堂や講堂まで備えた 独立学校のような構成をしていて、大戦による資材不足や 大学側の資金不足によって、着工は 1952年になった。建物名には、資金を援助した資産家のルーシャス・ポンド・オードウェイ(Lucius Pond Ordway)の名が冠されている。
( From "Frank Lloyd Wright Companion" by W.A. Storrer, 1993、p.263 )
William H. Danforth Chapel, 1955, Lakeland ダンフォース財団の支援によって建てられた、無宗派の 瞑想用の小チャペル。小さくともピカリと光る作品で、学生の結婚式場として人気がある。ただ、内部のアート・グラスの色が 少々 けばけばしくて、瞑想には 不釣り合いと思われる(瞑想用の小チャペルと言うと、どうしても サーリネンの M.I.T.チャペルを思い浮かべてしまうので)。かつてのプレーリー時代の繊細なステンドグラスを好む者には、違和感があるだろう。
ダンフォース・チャペル, 1955
Science and Cosmography Building, 1953-58, Lakeland
4つの部門(物理学、生物・植物学、地球生物科学、天体・星辰学)及び 柑橘類研究所から成り、3階の端部に プラネタリウムがある。
Memorial Plate of Frank Lloyd Wright
チャペルの脇の花壇の中に、ライトのメモリアル・プレートが設置されている。白く塗装したコンクリートに 変十字形(風車形)のラインが入り、十字の交差部に ライトのサイン(F LL W)入りの赤い磁器タ-イル、上に 文字列が貼り付けてあり、右下にはライトの没年 1959 がある。文字は次のように読める。 BELIEVE TRUTH TO BE UR ORGANIS DIVINITY これは にわかには 訳しがたい。 "Believe Truth to be Our Organ's Divinity" と書いたのが、形が崩れたのだろうか。 とすれば 「真実こそ われわれの器官のもつ神性だと信ぜよ」 というところだろうか。 言い換えれば、「われわれの身体各部に宿る神性、それこそが真実であると知れ」 ということか。 ライトの主張した「オーガニック・アーキテクチュア(有機的建築)」の根源をなす文として、エマーソンの影響を強く受けたライトの言葉を誌して、このキャンパスを設計したライトの 墓碑のような メモリアル・プレートに したのだろう。しかし、それにしては FRANK LLOYD WRIGHT の文字が無いのは なぜだろうか。
Auditorium and New Library, 1968, Lakeland ライトの没後の新築建物は、ライトの弟子で(フロリダ・サザン・カレッジを担当した)、ライトの死とともにタリアセンから独立して 自分の設計事務所を始めたフロリダの建築家、ニルス・シュヴァイツァー (Nils Schweizer, 1925-88 ) が 主に設計した。
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