CLASSIFICATION of ISLAMIC ARCHITECTURE
イスラーム建築の種別ー11

市場(バーザール、スーク、チャルス)

神谷武夫

市場
ガルダイヤの 青空市場(アルジェリア)

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イスラームの市場

 イスラーム圏ではモスクの周囲に店舗群が伸びて市場を形成するのを常とする。市場のことをペルシア語でバーザール、アラビア語でスーク、トルコ語でチャルシュという。バーザールの語は最も広く用いられ、都市近郊の農家の人々が野菜や果実を広場に持ち寄って開く定期市から、建物に固定された屋内市場に いたるまで バーザールと呼ばれる。スークの語はどちらかというと屋根つきの店舗街をさして用いられることが多い。日本の駅前商店街に屋根がかけられるとアーケードと呼ばれることが多いが、スークがその元祖だと言える。日本では 雨を避けるのが主目的であるのに対して、スークでは 日除けが主であるから、モロッコでは よしずやテントのような屋根をかけることも多い。
 中東ではレンガや石による半円筒形ヴォールト または小ドームの連なりで屋根をかけ、頂部の穴から採光する。穴は また熱気の排気口ともなり、石やレンガの厚みとあいまって、スークを涼しくする効果がある。屋根が かかっているゆえに 昼でも照明がいることから、日本の地下街に似ていなくもない。ただ通路の天井が高いので、ずっと開放感がある。

市場
アレッポの スーク(シリア)

 バーザールの起源としては 3種が考えられる。広場に近郊農家が農産物を持ち寄る 日常的な青空市、古代ローマのアゴラやフォルムにおける 柱廊の市、そしてキャラヴァン・ルートの終着駅としての ハーン(ワカーラ)である。遠隔地から運搬されたキャラヴァンの物資は 都市で売られることを目的としたのだから、ハーンの中庭や その周囲が市となった。ハーンの外側に発展したバーザールにも しばしばハーンの名が冠せられているのは そのためである。スークに面したハーンの入口は 都市に活気を与える要素であり、扉口の左右には ハーンの内部とつながった店舗が 並ぶことも多い。

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ダマスクスの ハーン・アッサード・パシャの入口と 平面図(シリア)1753年

 バーザールの店舗は 概して小規模で、一人の店主 あるいは店員が番をすることができる。したがって スークは、小店舗が両側に 果てしなく連なる商店街となる。古いスークは曲がりくねっていて、枝道と合わせて迷路状になることもあるが、近代につくられたスークは 直線状のものが多い。都市は用途地域制ではないので、スークの周囲には ハーンのほかにも あらゆる施設があり、それらの小入口が スークで店舗と並んでいる。しばしば ムカルナスで装飾された入口を入っていくと、モスクやマドラサの 驚くほど広い中庭に出たりする。わずかの距離を歩くだけで、バーザールの喧騒が嘘のような静けさである。

 スークの各店舗は小さくとも、通常、同じ業種ごとに グルーピングされるので、バーザール全体が ひとつの巨大なデパートメント・ストアのような趣となる。買うべきものが決まっていれば、初めから その品種の店が並ぶスークへ行く。大都会のバーザールは 線状の店舗街では まかないきれないので、面としての広がりをもつ 大バーザールとなる。イスタンブルの中心部にある、カパル・チャルシュと呼ばれる 屋根つき大バーザールは 面積が5ヘクタールにもおよび、約4,000の店舗が ひしめきあう。夜は チャルシュへのすべての入口の扉が閉められ、施錠されるのである。

市場
カイロの ハーン・アルハリーリー市場(エジプト)

カイサリーヤとターク

 店舗の業種として、貴金属や絹織物などの高級品を扱う店舗群は、防犯のために 石造の壁で囲われ、進入路を限定して、バーザールの中心部に設けられた。これを カイサリーヤというが、語源は アンティオキアに ユリウス・カエサル(シーザー)がつくった屋根つき市場が ケサリアと呼ばれたことにある。トルコでは これをベデステン、通路状の商店街を アラスタと呼び、バーザールの全体を チャルシュといった。アンカラのマフムト・パシャに見られるような、連続するドーム屋根のベデステンを ぐるりとアラスタが囲む 整然としたユニットは、近世のチャルシュの標準形となった。

平面図

アンカラの マフムト・パシャ・ベデステン 平面図(トルコ)15世紀半ば
( From Mustafa Cezar, Typical Commercial Buildings
of the Ottoman Classical Period, 1983, Istanbul )

 線状のスークが交差する四つ辻は 活気を呈するので チャハル・スーク(4つのスーク)と呼ばれ、とくに高いドーム屋根がかけられ、小広場状になる。これを好んだ中央アジアでは、チャハル・スークを縮めてチャルスと呼び(トルコ語のチャルシュは これがなまったもの)ひとつの建築タイプをつくった。レンガ造のシンボリックなドーム屋根をかけることから、タジク語では ドームを意味するタークと呼び、ブハラには ターキ・ザルガラーン(宝石商市場)のように 業種ごとのタークを設けた。最盛期のブハラには 40ものタークがあったという。

ブハラ
ブハラの ターキ・ザルガラーン(ウズベキスタン)16世紀


< 参考 >

イスタンブル   イスファハーン
イスタンブルの グランド・バーザール(トルコ)
イスファハーンの 王母の学院のバーザール(イラン)


( 2006年『イスラーム建築』第4章「イスラ-ム建築の建築種別」)


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