種々の施設(タキーエ、ハマーム) |
イスラーム圏に建つ建物を すべてイスラーム建築と呼ぶなら、建築種別は なお多岐にわたる。ここでは、ややマイナーな 種々の施設を概観しておこう。
偶像を排することから、イスラームでは 劇場建築というものが発展しなかったが、シーア派では アーシュラーの祭に ハッサンとフセインの殉教劇を テキーエで演ずるので、これが一種の劇場だと言える。イランのザワレには こうしたテキーエが2つあり、固定の観客席こそ つくられていないが、大きな空間の中央に ステージがしつらえられ、四方からシーア派の信者が観劇する 劇場空間であった。トルコのような 巨大ドーム屋根ではないので、正方形プラン内部に4本の柱を立て、9つのドーム屋根を かけわたしている。
一方、トルコの旋舞教団である メヴレヴィー教団では、白い衣をまとったスーフィーたちが 輪舞をして忘我の境地となる。一種のバレーであって、これを演ずる「舞踊場」が 本拠地のコンヤ以外にも、テッケの付属劇場として各地に建てられた。カイロにあるものは 円形プランの木造建築で、2階席からも眺められるように なっている。しかし、この輪舞の目的は 人に見せることではなく、スーフィー自身が 旋舞によって神との合一体験をすること(サマーウ)にあったから、劇場というよりは 体操場に近いかもしれない。
造形的に興味深いのは、イランやエジプトの農村にある 鳩の家(ピジン・タワー)であろう。鳩をハマームということから、エジプトでは 鳩の家もハマームと呼ぶ。イランのものは2重の同心円の壁が立ち、屋上の小塔の多数の穴から 鳩が出入りする。目的は 鳩のフンを集めることで、内部に巣をつくった1万羽ぐらいの鳩のフンでいっぱいになると、これを壊して 畑の土壌の肥料とするのである。エジプトでは 鳩をも食用にするが、イランでは 食べない。塔の材料は日乾しレンガなので、そば近く寄れば 荒っぽい建物だが、遠目には実に印象深い 農村風景のアクセントである。イスファハーンの近くの ガヴァルト村に、鳩の家の並ぶ風景 は 幻想的でさえある。
同じく 日乾しレンガ造による集団倉庫が、北アフリカ各地の村にある。多くは ベルベル人の穀物とナツメヤシの実の 倉庫である。防御のために 外側を閉じて、中庭を囲んで並ぶ2層、3層の倉庫群は、キャラヴァンサライに似ている。実用本位の建物であるから、装飾は まったく無い。1軒ずつ アプローチするために外部階段が並んでいるのが不思議だが、石で補強した一種のコンクリートで キャンティレヴァーにしている。ときには、この部分に 木材も用いられた。
こうしたヴァナキュラーな建物に対して、高度な建築、しかも 信じがたいほどモダーンな形をしている施設群は、北インドの数ヵ所にある 天文観測所(ジャンタル・マンタル)である。これらは ムガル朝に臣従したジャイプルの藩王 ジャイ・シングが天文学者でもあったので、当時の最新の天文観測器を 建築的に拡大して建設したものである。その原型は サマルカンドにつくられた、やはり科学者であったティムール朝のスルタン、ウルグ・ベクによる15世紀の天文台であった。日時計、星座儀、子午線儀、天体経緯儀などの観測儀は、ひたすら機能を果たすためにつくられ、伝統的な形態を ほとんど援用していない。そのことが かえって表現派的な造形を生んだのである。
( 2006年『イスラーム建築』第4章「イスラ-ム建築の建築種別」)
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