公共施設複合体(キュリエ) |
イスラーム圏においては、住民の福祉のための公共施設の建設が 中世から盛んであった。前述した学院や病院、公衆浴場や隊商宿、後述する市場や救貧院、水路や給水所など、市民が社会生活を営むうえで不可欠の施設が、他のどんな文明よりも 多く見られる。キリスト教では 教会が学校や病院を併設することがあったが、イスラームには教会制度がないので、モスクがそうした施設の出資者となることはない。また近代では 行政が税金によって公共建築を維持・建設するのだが、イスラーム社会では 必ずしも国家が公共建築を運営したわけではなかった。 では、何が かくも多くの施設を可能にさせたかというと、それは ワクフとよばれる寄進制度である。王侯貴族に限らず、個人の 資産のある人なら誰でも、その私財や収益を慈善的目的に用いるために 一種の財団を設立し、私権を永久に停止、放棄することができた。ワクフの語は本来「停止」の意で、所有権や譲渡権の放棄を意味し、また慈善施設の財源や 運営組織をさしても用いられた。多くの場合、寄進者あるいはその子孫が 管財人(ムタワッリー)となるので、財産を分散させない、あるいは均分相続による細分化を避ける という利点もあった。
通常は 特定の慈善目的に用いられるが、寄進財産が多ければ 施設は大規模となり、また異なる機能の施設を 併設することにもなった。とくに 王侯が自身の廟を建てる場合、前述のように、墓廟は本来 イスラームの教義に矛盾するものであるから、これをワクフとして 宗教的施設を併設することによって、社会に受け入れられやすくすることもできた。カイロのバルクーク廟の複合体は その典型である。
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