CLASSIFICATION of ISLAMIC ARCHITECTURE
イスラーム建築の種別ー7

隊商宿(キャラバンサライ、ハーン)

神谷武夫

シークリー
ファテプル・シークリーの隊商宿 遺跡

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イスラームの隊商宿

 かつて シルクロードに代表される交易路が、イスラーム圏各地を 網の目のように結んでいた。鉄道のできる以前、大量の荷を積んで長途の旅に耐える動物は、まずラクダ、そしてラバ、馬であった。盗賊団から身を守るために、護衛つきの 数十頭から数百頭の隊伍を組んだ隊商は 一日に平均 30キロを行進する。町と町の間には、彼らが安全に宿泊できるよう、30キロおきに 隊商宿が必要となる。
 これを確保して 都市に物資を供給させるのは 為政者の任務であったから、主要な街道には 民間の隊商宿のほかに 王立の施設も設けられた。政府のものは 隊商が無料で利用できることが原則であったかわりに、隊商宿以外の機能も 担っていた。役人の視察の旅や 政令の伝達、さらには 軍の移動宿舎としての利用などである。その軍事的ネットワークが また民間の交易活動の保護機関でもあった。

隊商宿
スルタンハヌのキャラヴァンサライ(トルコ)

 こうした施設は もちろんイスラーム文明以前からあり、とくに広大な領土をかかえていた ローマ帝国やペルシア帝国には 必須のものであった。隊商を ペルシア語で「カールヴァーン」と言うことから、隊商宿は英語発音で「キャラヴァンサライ」という。近世に これを最も発達させたオスマン帝国では ケルヴァンサライ、あるいは ハーンとよんだが、どちらかというと「ハーン」は 都市内の施設をさして用いられることが多い。それは 鉄道でいえば 終着駅にあたるもので、荒野の中の通過点としての隊商宿とは やや性格を異にする。アラビア語では 隊商宿を「フンドゥク」といい、この呼称は 主に北アフリカで用いられた(エジプトではホテルのことを 今でもフンドゥクという)。

シナン
エディルネの リュステンパシャ・
キャラヴァンサライ、1560年(トルコ)

 交易路におけるキャラヴァンサライは、何よりも 堅固な防御体制が求められるので、石 またはレンガ積みの 高い塀で囲み、コーナーには櫓を設け、砦のような姿とした。前述のように、これはイスラーム初期の リバートに似てくる。通常、入口は1ヵ所だけで、そこだけは ムカルナスなどで華やかに飾られ、一日の行程に疲れた隊商を 明るく迎え入れた。中庭は荷降ろし場であり、周囲に 荷置場と厩舎、ラクダ舎、事務所、厨房が配され、正面の扉口の奥が 宿泊所となる。中庭に水場が設けられるのは モスクやマドラサと同様であるが、そこには しばしば 小礼拝所(メスジド)も建てられ、運搬者たちの礼拝に充てられた。土地は十分に得られるので、全体のプランニングは 整形とすることができ、方形ばかりでなく、ペルシアには 八角形や 円形のものもあった。また、ペルシアの隊商宿は、モスクと同じように 四イーワーン型をとることが多い。

 近代になって 鉄道や自動車が発達するにつれて、キャラヴァンサライの多くは廃れ、放棄され、崩壊してしまったが、アナトリア地方には 保存のよいものが 各地の街道に残っている。とりわけ カイセリの近くと アクサライの近くの 王立スルタンハーンは、みごとなアルメニア風石造建築の姿を見せている。

都市内の 隊商宿(ワカーラ)

バザルア  バザルア
カイロの、バザルアのワカーラ、17世紀(エジプト)

 交易路におけるキャラヴァンサライに対して、都市内のハーンは すでに安全な地にあるので、砦のような造りを 必要としない。また ラクダや馬の厩舎の機能よりも 物資の倉庫および、それを都市内で売りさばくための事務所、取引所としての機能が 重要となる。カイロでは そうしたハーンを「ワカーラ」あるいは「ウィカーラ」と呼び、交易型の多くが平屋であるのに対して、3階建てあるいは4階建て、ときには5階建てとし、上部は 商人の家族のための住居に充てた。通常、廊下は2階までが中庭を取り囲んでいて、その上部は 各住居の内部階段が結ぶメゾネット、あるいはトリプネットである。
 バザルアのワカーラは カイロの都市型建築の常で、凸凹の不整形な敷地を いっぱいに利用して建てられている。しかし中庭は 整然とした矩形につくられるので、ここを見ているかぎり、それはわからない。道路に面しては 小店舗が並び、中央の入口部分のみが 奥の施設を暗示する。

平面図
バザルアのワカーラの 平面図
(From Nicholas Warner, The Monuments of Historic Cairo,
An American Reserch Center in Egypt, 2005)

 特異なのは ダマスクスの ハーン・アッサード・パシャで、約 55メートル角の正方形の 中庭に4本の柱を立て、22mの高さに9面のドーム屋根をかけて 室内化してしまった。トップライトから光の落ちる この壮大な空間は、単に荷降ろしのためだけでなく、商品の展示場や 市場としても用いられたのであろう。白い石と黒い石を交互に積む、シリアに特有のストライプ状の石造建築が、このハーンに いっそうの彩りを与えた。1833年に ここを訪れたフランスの詩人ラマルチーヌは、これを オリエントにおける最もすばらしいハーンだとして 絶賛している。

ダマスクス  ダマスクス
ダマスクスの ハーン・アッサード・パシャ、1753年(シリア)

( 2006年『イスラーム建築』第4章「イスラ-ム建築の建築種別」)


● アクサライの近くのスルタンハヌの『王立スルタンハーン』
(トルコ)については、「イスラーム建築の名作」のサイトの
スルタンハヌの キャラヴァンサライ 」を参照。


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