GALLERY of WORLD ARCHITECTURE
ローマ(イタリア)
パンテオン(万神殿)
神谷武夫
ローマのパンテオン
ギリシア神殿風のパンテオンの外観

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すべての神々の神殿

 世界の宗教建築の中でも きわめて特異で謎めいているのは、ローマのパンテオンである。パンテオンというのは通常「万神殿」と訳され、「すべての神々」を祀る神殿とされるが、すべての神々ではなく「最も優れた神々」のための神殿だという解釈もある。いずれにせよ、世界中のほとんどの神殿や寺院が特定の神を本尊としているのに対して、多数の神々を ひとつの神殿で祀ろうというのである。古代ギリシアや古代ローマには 多くの神々がいて、その神話群に見られるように 汎神論的な世界観をつくっていたが、そのすべての神々を一堂に祀るというのは珍しい。


パンテオンの断面図と平面図
(From " Hadrien et l'Architecture Romaine" by Henri Stierlin, 1984)

 初代ローマ皇帝 アウグストゥスの腹心の将軍だったアグリッパは、紀元前 25年に ローマにパンテオンを建立したが、後に落雷によって炎上、これを同地に再建したのが 皇帝ハドリアヌスである。それは紀元後 120〜125年頃で、今から 1880年も昔のことであるが、その建築的偉業には 今も目を 瞠(みは)らざるをえない。

 アグリッパが建てたのは 矩形の聖堂に ポルティコ(柱廊玄関)を設けたものだったが、ハドリアヌスのものは はるかに大きく、しかも聖堂を ロトンダ(円堂)にしたのである。そこに架かるドーム屋根は 内法の直径が 44mという巨大なもので、その規模は 1300年後のルネサンス時代に フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂ができるまで、世界最大のドーム架構であった。

パンテオンのドーム天井

 その前面に ギリシア神殿風のポルティコを接合させたのは、あまりにも革新的な神殿本体を 伝統的な姿にカモフラージュする手段だったのかもしれない。ギリシア建築は 基本的に木造建築から出発した柱・梁構造を石に置きかえたものであったが、ローマ帝国は東方を征服することによって メソポタミア、ペルシアから アーチやドームの架構法を学び、これを持ち帰って 大規模な競技場や浴場、水道橋などを建設した。それは都市の風景を ギリシアとは一変させる技術と形態であったが、ハドリアヌス帝は これを神殿にまで適用したのである。

ドーム屋根の浮遊感

パンテオンの内部

 ポルティコを通ってロトンダに入ると、頂部の丸い天窓から光が降り注ぐ 巨大な半球状の内部空間に圧倒される。それも決して重々しい空間ではなく、むしろ 世界最大だったドーム屋根が いとも軽々と、あたかも宙に浮かんでいるかのように存在している姿に 驚きを禁じえない。ここには後のゴチック建築のような、重力に拮抗する 構造的な力の流れを表現したような 力強さや逞しさといったものが全くない。円形プラン周壁に立つ 14本の円柱と 16本のピラスター(付け柱)だけで、軽々と支えられているように見える。
 実際には この外周壁は 6mもの厚みがあり、そこに神々を祀るための 多数のニッチ(壁龕)がえぐられているとはいえ、この壁体がドームの推力(開こうとする力)を抑え、支えているのである。しかも柱列の上には 水平にスリットをいれているので、あたかも上部のドームが浮いているような印象を与える。こうしたトリックを使って、まるで無重力のような大半球空間を、先例もなしに実現した手腕は 天才的だと言える。


建築家皇帝ハドリアヌス

 ハドリアヌス帝は ローマ帝国最盛期を築いた大皇帝であったが、このパンテオンを初めとする数々の造営によって、建築家皇帝としても知られる。パンテオン以前には大規模なウェヌスとローマの神殿を建て、以後には楽園としてのヴィラ・アドリアーナをチボリに、そして彼自身の廟をもパンテオンの近くに建てている。(後に これは拡大されて サンタンジェロ城となったが。)
 その建築家皇帝が、神殿というには あまりにも茫洋とした異形な大空間を、コンクリートの使用 その他の革新的な技術を駆使して実現した意図は何だったろうか。ロトンダの外側は、まるで飾り気のない、人々を拒絶するかのように そそり立つ のっぺらぼうの壁面としたのに、内部は まったく逆に緻密で律動的な装飾の 晴れやかな空間とした意図は何だったのか。

パンテオンの内部壁面

 この宇宙的な半球ドームの下に立つとき、これは最も宗教性の薄い宗教建築ではないか という思いに捉えられる。ハドリアヌスがここに実現しようとしたのは、すべての神々を祀るという見せかけのもとに、ひとつの巨大な宇宙空間をつくって、これを自身の大帝国の シンボリックなモデルとしたのではなかろうか。外観に象徴性を求めず、ひたすら内側に、宇宙空間そのものの形象化を図ったのではなかろうか。
 そう考えると、これは特定の神々や現実の宗教を超えた、超越的な宗教建築だったと 言えるのかもしれない。


古代にはパンテオンの前面に矩形の広場があり、コロネードで囲まれていた。
(From "The Pantheon" by William L. MacDonald, 1976)

(2005年7月「中外日報」)



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