BHUTANATHA TEMPLE in BADAMI
バーダーミ(南インド)
ブータナータ寺院
神谷武夫
バーダーミ
バーダーミのブータナータ寺院

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雨季と乾季

 インドに雨季と乾季があることは知られていても、なぜそうなるのかを知っている人は少ない。 おおざっぱに言えば、冬にはシベリアの大気が零下数十度になって 重くなるのに対し、太平洋上の大気は水に接しているので氷点下になることはない。 そこで相対的に軽くなった洋上の空気が 上昇するところへ、シベリア大陸の乾燥した重い風が 吹き込んでくるので、インドは半年近く、雨の降らない 乾季が続く。
 日本が夏のころは逆に、熱された大陸の空気が上昇し、太平洋からの湿った空気が モンスーンとなって吹くので、毎日雨が降る 雨季となる。その中間期、大陸側と海側の空気の重さが等しくなってしまう 4月、5月は無風状態となり、気温がうなぎのぼりになって 最も暑い季節となるので、日本で一番気候のよい春のころを、インドでは「夏」と呼ぶのである。

赤砂岩の北山と人造湖に面するバーダーミの町

 私がインドを旅行するのは、北のヒマラヤ地方を3方が海に囲まれているので、必ずしも完全な乾季とはならず、時々スコールがある。
 その冬はどうしたことか、乾季というのに 南インド中が厚い雲におおわれ、これが 2週間も続いたのである。昼なお薄暗い上に とうとう雨が降り出し、目的地の バーダーミへ着く前の日から降り続いて、一日 ガダッグのホテルに閉じ込められてしまった。
 翌日は小雨になったので、タクシーをやとって 駆け足でまわることにしたが、旅の目的であった 写真の撮り直しは、あまり期待できないことになった。川の水量が増して バーダーミへの途中の橋が渡れなくなっているというので、前回とは逆まわりで、アイホーレ、パッタダカル、マハークータを訪ねて、バーダーミに着いたのは夕方となった。

ブータナータ寺院 平面図
(From A.S.I.Report 42. The Chalukyan Architecture
of the Kanarese Districts, 1926)


バーダーミの町

 今は小さな町でしかない バーダーミも、かつては チャルキヤ王国の首都として繁栄した。町の西側は平原だが、東側は U字形に赤砂岩の岩山で囲まれている。そのU字形に囲まれたところに、中世の王朝は 人造湖を造ったのである。
 この独特の景観が バーダーミの町を、南インドでもとりわけ 魅力的なものにした。湖に面した町側には 階段岸がつらなって、ここで人々は沐浴をしたり 洗濯をしたりする。その音がこだまする南の岩山には6世紀に仏教とジャイナ教の 石窟寺院が掘られ、山上には 南の城が築かれた。北の岩山には 7世紀に初期のヒンドゥ教の 石造寺院がいくつも建てられ、山上には 北の城が築かれた。

そして湖の一番奥には、同じく 7世紀のブータナータ寺院が、あたかも湖に浮いているかのように 建立された。夕方、ここに正面の西側から 陽光がさすと、これは絶景になる。 赤砂岩の岩山を背景とする 湖の水面に張り出したテラスの上に、樹木を脇にした石造寺院が 夕日に燦然と輝く、南インドで 最も美しい風景のひとつである。

 さて、やっと雨のやんだ バーダーミに着いて、街道で車を降り、歩いて町を通り抜けて 湖に出たとき、それまで どんよりとした曇り空だったのが、ふいに雲が割れて、10日ぶりの夕陽が ブータナータ寺院を燦然と照らし出したのである。奇跡だ! そんな思いにかられながら、夢のような気持ちで 撮影を始めたのだった。P>

  
南方型のブータナータ寺院、外観と内部


南方型の寺院

 古代のインドには 今よりも木材が豊富だったので、木造建築が主流だった。それが中世になって 森が減少したのと 技術の進歩とによって 石造建築の時代となる。宗教的にも 仏教からヒンドゥ教へと移っていくので、インドの石造建築は ヒンドゥ教によって発展させられる。
 そして民族的なちがい、北のアーリヤ人と 南のドラヴィダ人とが、同じヒンドゥ教でありながら、異なったスタイルの 寺院建築を作っていくのだが、ここバーダーミや アイホーレにおける 揺籃期の石造寺院では、両方のスタイルが分化し始めながら 共存しているのが興味深い。
 ブータナータ寺院は 初期の南方型を示している。その一番の特徴は、小さな祠堂形が横に並ぶ水平層が 階段状に重なり合って、全体として ピラミッド状の上部構造をつくるところにある。

 ブータナータ寺院は まだ規模が小さく、彫刻による装飾も少ない。この寺院のなによりの魅力は、水辺との融合にある。川や海、そして湖などの水面は神性の宿る場所であって、ヒンドゥの聖地は多くが水辺にある。この人造湖の水面と融合した 石造寺院の眺めほど、それをよく示すものはない。

バーナシャンカリ寺院のタンクと回廊

 バーダーミの近くの バーナシャンカリ寺院には 雨季の水をためておく大きなタンク(貯水槽)があり、それを石造の回廊が 囲んでいる。ヨーロッパな ら回廊で囲んだ庭(クロイスター)となるところだが、インドでは 乾季のための水面がなにより大切である。そう、バーダーミの人造湖もまた、巨大な貯水槽なのである。

( 2003年 11月 ”EURASIA NEWS" )



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