LES AVENTURES DE ROI PAUSOLE

ポゾル王の冒険

神谷武夫

ポゾル王の冒険

"Les Aventures de Roi Pausole" 1925, title page
ピエール・ルイス著、藤田嗣治挿絵『ポゾル王の冒険』の扉
1925年、23×18cm-175pp、アルテーム・ファヤール書房

 「愛書家」になり初めてから まだそれほど年数が経っていなかった頃、西洋の「革製本」というものが日本には なかったので 絵画や映画でしか見たことがなく、いたく興味をひかれました。西洋の古書を入手する時には、古書カタログや ネットの古書店で探して、なるべく革装本のものを見つけて購入しました。
 一方、「挿絵本」にも魅せられていたので、好きな挿絵画家の「挿絵本」も探求するようになります。日本の画家で「挿絵本」を作った人もいますが、それをヨーロッパで行った画家というと、藤田嗣治 (1886-1968) が よく知られています。彼は戦前からフランスに住んで、新しい「ぼかし技法」で評判をとり、数々のコンクールで賞をとり、個展を開き、画集も出版しました。戦後は1955年にフランスに帰化して、レオナール・フジタというフランス名を名のり、フランス画壇の巨匠のようになりました。彼は 猫とともに挿絵本を愛し、自らも多くの挿絵本を制作しています。

 藤田の挿絵本で一番有名なのは、1925年に出した ピエール・ロチの "Madame Chrysanthème(マダム・クリザンテム)" すなわち『お菊さん』です。明治のはじめ、フランスのピエール・ロチが日本の長崎に滞在した時に交情した お菊さんと日本の風物について 1887年に書いた小説です。私も最初は この本を手に入れようと思いましたが、これは日本人の愛書家が金に糸目をつけずに買うので 非常に高価になってしまい、私には手が出ませんでした。
 これと対照的に 安価で入手しやすいのが、同じ1925年に『お菊さん』よりも早く出た『ポゾル王の冒険』です。これは藤田の3冊目の挿絵本で、ピエール・ルイス (1870-1925) が書いた人気小説です。いろいろな画家が挿絵本を制作していますが、藤田のは、ルイスが没した半年後に アルテーム・ファヤール書房から「明日の書 (Livre de Demain) 」シリーズの一冊として出版されました。
 これは大衆向けの 安価な大部数の本だったので、古書業界にたくさん出回っていて、入手は容易です。それだけに 本自体は 小さな字が詰め込まれていて あまり優美なレイアウトとは言えず、藤田の原画による木口木版の挿絵が 28点も印刷されているとはいえ、その彫版のレベルは あまり高くありません。藤田の原画自体も 格別魅力的とは言えず、私の購入意欲は 高くは なかったのでした。(両大戦間のフランスでは 愛書家のための挿絵本が 多く出版されましたが、1925年頃には、こうしたペーパーバックの廉価なモノクロ挿絵印刷本シリーズが いくつもの出版社から出ていました。定価は3フランくらいなので、現在でいえば 1,000円〜2,000円くらいでしょうか。)

ポゾル王の冒険

『ポゾル王の冒険』革装本、藤田嗣治の挿絵本、1925年
今から 95年前の古書を、発行の数十年後に革製本したようで、
本自体は廉価本だが、革製本は 実に美しく見事である。
大きさは 23.5 × 19 × 1.8 cm

 ところが ある時、これを素晴らしく見事に革製本した本を 古書店に見つけて、挿絵よりも革製本に魅せられて購入することになったのです。それはクォーター・レザーで、背とその前後5センチずつが黒い羊革でくるまれ、背には金線入りのバンドが5本、タイトルは鮮やかな朱色の別革に金で箔押ししたものを貼り付けています。角革はありませんが、表紙は 黒と銀のマーブル紙で、まるで埴谷雄高の本のような「黒い本」ですが、実に美しく魅力的な装幀になっています。表紙の大きさは 23.5 ×19 cmと やや大型で、まだ それほど多くの革装本を持っていなかった頃なので、私のお気に入り本となりました。ただ 本体の方は、今から95年も前の廉価本なので、黄ジミ (Foxing) もあり、十分に魅力的ではありません。普通、こうした廉価本を革製本するということは なかったのですが、特にフジタの絵が好きだった人が 革製本させたのでしょう。

 著者のピエール・ルイスは ヴァレリーやジイドの親友でしたが、小説の内容はというと、まことに荒唐無稽、奇想天外なエロティック小説で、以前の『ビリチスの歌』や『アフロディテ』のような香気はありません。トリュフェーム国の ものぐさな王・ポゾルが、家出をした ひとり娘のアリーヌ姫をさがしに 家臣とともに王宮を出発し、数キロ離れた首府に のんびり旅をするというもので、小姓のジリオや宦官のタクシス、それにたくさんの女たちが スラップスティックの痴情をくりひろげるという、他愛のないものです。

ポゾル王の冒険  ポゾル王の冒険
   (左) "Les Aventures de Roi Pausole" 1925、藤田嗣治の挿絵 (p.73)
(右)『ポーゾール王の冒険』中村真一郎 訳、1957、創元社    .

この小説は 若き日の中村真一郎が翻訳して、1957年に創元社から「世界大ロマン全集」の一冊として刊行しています。中村はこれを 内容的にはあまり高く評価していなかったようで、「訳者あとがき」の結びに、こう書いています。

「読者は、この書物に充満する、独特の自由な空気に触れ、女性の肉体に対する、作者の飽くことを知らぬ耽美癖に、微笑を(時には哄笑を)送って、―― そして、一読の後、忘れ捨てるのが よろしいでしょう。」

( 2021 /08/ 15 )




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