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星と輝き花と咲き仏果を得ず

神谷武夫

星と輝き   娘義太夫

松井今朝子『星と輝き 花と咲き』 2010年, A5-261pp. 講談社
三浦しをん『仏果を得ず』 2007年, A5-284pp. 双葉社



 「娘義太夫」というのを ご存知でしょうか。女、それも若い娘が語る義太夫、また その語り手を 娘義太夫 あるいは女義と言います。義太夫というのは、太棹の三味線を伴奏とする音楽の一ジャンルですが、「歌」ではなく、主として人形芝居の「語り」として発展しました。(西洋の芸能には「歌」しかありませんが、イスラーム世界では、「歌」のほかに「語り物芸」がありました。)
 室町時代に「牛若丸と浄瑠璃姫の恋物語」が大流行したので、いつしか そうした語り物全体が 浄瑠璃と呼ばれるようになりました。近世になって次々と生まれた流派に、清元、常磐津、新内などがあるものの、最も人気を得たのは、近松門左衛門の台本を 竹本義太夫が語った調子なので 義太夫節と呼ばれる流派です。 大阪の人形浄瑠璃である「文楽」は、今も昔も 義太夫節で語られます。
 舞台で義太夫を語るのは、昔のシェークスピア劇や、現在に至る歌舞伎の俳優の場合と同じく、歴史的な禁制があって、男性のみと されてきました。 それが明治になってある程度自由化され、人形芝居からは独立した形の「素浄瑠璃(すじょうるり )」として、女性も舞台で「語る」ようになり、それを「女浄瑠璃」とか「娘義太夫」と呼びました(現在では、年齢に関係なく「女流義太夫」と言います)。

 最近、『星と輝き 花と咲き』(松井今朝子著、講談社刊)という小説が出、それは明治 20年に 竹本彩之助(あやのすけ )という 娘浄瑠璃の大スターが誕生し、かつてのビートルズや美空ひばりのような 熱狂的な支持を受けたのですが、その 23才で引退するまでを描いた小説だと聞いて、すぐに手が出て 読みました。 2〜3年前にも、文楽の太夫になるべく修行する若者を描いた 『仏果を得ず』(三浦しおん著、双葉社刊)という小説が出たときにも、すぐ読みました。
 どちらも軽い読み物ですが、どうして こういう本に手が出るかというと、私は かつて長いこと 文楽ファンだったからです。それは学生時代に始まり、竹本越路太夫(四代目 1914 -2002)のファンとなり、三宅坂の国立劇場で文楽公演がある時には いつも越路太夫の語りを聴きに行きました。で、1989年に越路太夫が引退すると、次第に足が遠のき(人形師の出遣いが やたらと多くなったことも 原因の一つですが)、近年は ほとんど文楽を見に行っていません。それでも 越路太夫の語りを録音したCDを、時おり聴くことがあります。

  一方、私は一度だけ、娘義太夫を聴いたことがあります。今を去ること 40年、国立劇場の民俗芸能公演シリーズで、日本の民俗劇と人形芝居の系譜、「淡路の人形芝居」の公演においてです。淡路島における人形浄瑠璃は 大阪の文楽のもとになった とも言われ、現在に至るまで 人形芝居が盛んで上演しています。島における伝統芸能ゆえの人不足からか、淡路では 女性も舞台にあがります。その観劇時の日記を さがしてみましたら、当日のことが 次のように書いてありました。

 「国立劇場へ 淡路の人形芝居を見に行く。民族芸能とは言うものの、あまりの うまさに、文楽を見ているような気になる。第1幕の、中国を舞台にした荒唐無稽な物語は(玉藻前曦袂 たまものまえ あさひのたもと)人形も大きく、動きも派手で たいへん面白い。高齢者ばかりで 滅亡の寸前と言われているのに、若い太夫や人形師が出ていたのは、よそからの応援だろうか。
 第2幕は日本に舞台を移し、新派悲劇的に泣かせる場だが、この時 床に出てきた太夫が 若い女性だったので、これは まずい、と思った。ところが 始まってみると素晴らしく、声もよく訓練されていて、言葉も聴き取りやすく、たいへんな熱演である。 歳は 20代前半でもあろうか、神代 初美という娘浄瑠璃師に、すっかり心を奪われてしまった。義太夫と謡曲は男でなければ駄目だ という僕の偏見をすっかり崩してしまった。彼女の 凛々しい語り口に、僕の眼は 人形の動きよりも 彼女の方に向けられることが多かった。
 最後の段で、三味線にまわった時の、周囲から自分を隔離させるような様子の彼女の姿は、何か貴いものに思われてならなかった。夏目漱石の『三四郎』には、当時の大学生が 娘義太夫に熱中するありさまが描かれているが、その心情が、今日 はじめて解った。」

  (この時の 神代初美の義太夫の録音があったら、もう一度聴きたいものです。)

娘義太夫

水野悠子『娘義太夫』 1998年, 249pp. 中公新書

 娘義太夫の 明治から現代までを、徹底的に資料をあたって書かれた本に『娘義太夫』(水野悠子著、中公新書)があります。小説のあとで これを読むと、なかなか面白い。「知られざる芸能史」、「スキャンダルと文化のあいだ」と、二つも副題がついていて、実に懇切に 女流義太夫の盛衰が描かれ、最終章では 日本近代における女性問題の一端ととらえて論じています。ただ、娘義太夫がずっと演じられてきた 淡路の人形芝居について 何も触れていないのは、少々腑に落ちませんが。
 「娘義太夫って、何だろう?」と思われる方、これらの本の一読を お勧めします。そして、東京の国立劇場、大阪の国立文楽劇場、淡路島の人形芝居を ぜひ見に行ってください。私にとって義太夫は、素浄瑠璃よりも、あくまでも演劇としての人形芝居の「語り」であるからです。 

(2010/ 10 /01)



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