シャー・アッバースによる新イスファハーン 地図
(アンリ・スチールラン『イスラムの建築文化』1987 より)
北半分の、曲がりくねった道路の旧・イスファハーンと、南半分の、直角の秩序による新イスファハーンとは、対照的な都市構造を示している。
金曜モスクから南にバーザールが伸びていて、シャー・アッバースはそれと接続するように、南北に長い長方形の広場(マイダ-ン)を作った。
広場からバーザールの入り口となる所に『カサリーヤ門』、広場の西側に『アリー・カプー宮殿』、東側に『シャイフ・ロトフォッラー・モス』、そして広場の南側に 最大の『王のモスク』を造営した。モスクは皆 マッカ(メッカ)の方向(キブラ)に向かっている。広場と、公園のような幅広のチャハル・バ-グ大通りの間にはチェヘル・ソトゥーン宮殿(四十柱殿)と ハシュト・ベへシュト宮殿(八楽園)が造営された。大通りはもっと南に延び、ザーヤンデ川に達する。川の反対側には多くの庭園が並んでいた。近代の市街はこの地図の南側に発展し、現代の市街は川を越えて延び広がり、ニュー・ジュルファ地区も飲み込んでいる。