GELLERY of WORLD ARCHITECTURE
サモーラ (スペイン)
サン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂

神谷武夫
サン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂
サン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂

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西ゴート族の建築

 キリスト教がローマ帝国の国教となったのは 350年。 その半世紀後に帝国は東西に分裂する。 コンスタンチノープル (現イスタンブール) を首都とする東ローマ帝国は栄えたが、ローマを首都とする西ローマ帝国は衰微し、1世紀もたたない 467年には崩壊してしまう。
 これを反映して、東方キリスト教では 6世紀にコンスタンチノープルの聖ソフィア大聖堂や、7世紀にアルメニアのズヴァルトノッツ大聖堂を建てるなど、教会建築は大いに発展していたが、まだ黒い森に覆われていた西ヨーロッパでは、建設活動は沈滞していた。

 その西ヨーロッパで、7世紀に建てられた 初期中世の小規模な聖堂建築が 今も散在するのは、北スペインである。 イベリア半島には 北方ゲルマン系のゴート族 (蛮族) が 西ゴート王国を建国していたので、それらは 東方のおおらかなドーム建築とはちがって、北方的な幽暗さや 神秘性を帯びるようになった。
 レオン地方の サモーラから 20kmほどのところにある サン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂はその代表作で、新設ダムによって水没するところを 1931年に移築されたのを機会に すっかり修復されたので、夾雑物のない 純粋な建築形態を見せている。


サン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂の主身廊

 その石積みは荒く、外部にほとんど装飾がないので、規模の小ささともあいまって、まるで農家の納屋のように見える。 正面のファサードにおいてさえも、宗教建築であることを示すような飾りや荘厳はまったくない。 ここで思い出されるのは、昨年紹介したフォントネーの修道院である。 クリュニーに反旗を翻して壁画や彫刻などの装飾を一切排除した シトー会修道院では、ただただ厳格な石積みの聖堂が、逆に深い精神性をたたえて、「沈黙の美」 とでもいうべきものを生み出していた。
 このサン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂もまた、その簡素さの中に 却って深い信仰心を呼びさますような たたずまいをしている。 壁面の切石は不ぞろいではあるが、すべて正確に刻まれているので、石と石の間にはモルタルを詰めない 空 (から) 積みなのである。

聖堂の内部


サン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂の平面図
( from "L'Art Preroman Hispanique, Zodiaque" 1973 )

 内部に入ると、外観とはだいぶ印象が異なる。 身廊には馬蹄形の横断アーチが架かり、アーチを受けて円柱が添えられ、その柱頭には彫刻がほどこされ、さらに壁面に一本の帯が回されて 鳥や植物 その他の形象が描かれているからである。
 馬蹄形アーチの起源は明らかでないが、西ゴート族はこれを好んだので、ほとんどの聖堂に用いられ、それは まもなく (8世紀初め) スペインにやってくる イスラム教徒の建築や、モサラベ様式の聖堂に受け継がれることになる。
 そして柱頭を見ると、かつてのローマ建築の イオニア式やコリント式のような 古典的な柱頭の飾りは姿を消し、聖書の絵解きとしての物語彫刻がほどこされ、その描法は ローマの写実主義と打って変って土俗的である。 ある柱頭には ライオンの穴の中の聖ダニエルが描かれ、また別の柱頭には 息子イサクを神への犠牲にささげる聖アブラハムの姿が、表現主義的に描かれている。


柱頭彫刻 (聖ダニエル)

 こうしたプリミティブなレリーフ彫刻にもまた、建築と同じように、強大な教会制度以前の 素朴な宗教心が発露しているように感じられる。 西ゴート族は 基本的には人像表現を禁じていたから、ここの柱頭彫刻は例外的ではあったが、おそらくは彩色写本のミニアチュール (細密画) が もとになっているのだろう。


抑制された装飾

 ところで西ゴート族は、なぜ馬蹄形アーチを用いたのだろうか。
 アーチというのが、手に持てる大きさの 石やレンガを放射状に積んで、曲線状の梁を架け渡す構造的方法であるがゆえに、馬蹄形アーチもまた その構造強度を増すための架構である と思われやすいが、実際には アーチの内部にはカテナリー (懸垂) 曲線状に力が流れるものであるから、アーチ下部の内側に出っ張った部分は 構造的に用をなさない。 したがって その下にある円柱もまた基本的な構造要素ではないので、これを取り去っても アーチが崩壊するわけではない。
 アーチを馬蹄形に見せる下部も円柱も、建物を美しく見せるための装飾である。 ただ それが構造的要素の見せ掛けをとっているために 装飾とは見えにくいのである。 宗教建築が信仰心だけで成り立つわけでない以上、建物を美しく飾ろうという努力が消え去ることはない。 ただそれが強い抑制感をもってなされるときに、より深い宗教性を感じさせるのだと言える。


サン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂の内陣

 その意味で、この聖堂は全体としては シトー会の修道院や シリアの初期聖堂建築と親近感がある。 ゴチック以後の 大規模にして華やかな装飾に満ちた聖堂建築よりも、宗教建築の原点に 立ち返らせてくれるような作品なのである。

(2005年 6月 「中外日報」)

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