ENJOIMENT in ANTIQUE BOOKS - LXIII
アナトール・フランス 著

アナトール・フランス挿絵本

Anatole France :
" Illustrated books of Anatole France "
Iwanami Shoten, Hachette, & alt.



神谷武夫

Nos Enfans

『少年少女』"NOS ENFANTS " par Anatole France
Illustré par M.B. de Monvel
1924, Boivin & Cie, Éditeurs, Paris



BACK

 前回書いたように、この「古書の愉しみ」はイ ンド建築やイスラーム建築の古書を紹介することを目的に出発したのですが、次第に 建築書ではない、趣味的な「挿絵本」をも「愛書家」として 採りあげるように なりました。今回は、私の好きな小説家、アナトール・フランスの著作を挿絵本にしたものを 採りあげます。彼はフランスの国民的作家であったので、挿絵本も多く作られました。しかし彼の挿絵本を すべて知ることができるわけもなく、また私の趣味に合わない画風の挿絵本は 所有する気にならないので、私が架蔵している 彼の挿絵本の数は わずかですが、それらの本のページを多くスキャンして掲載し、楽しんでもらおうと思います。 ( 2026 /05/ 01 )



アナトール・フランス
(Anatole France、1844-1924)
(本名は ジャック・アナトール・フランスワ・チボー)
(Jacques Anatole François Thibault)




発端

 大学を出て 就職もせずに 本を乱読していた時代、日本の近代の文学や思想の本を読むにつれ、日本で最も優れた思想家は 埴谷雄高と 林達夫だと 思うようになりました。河出書房新社から出た『埴谷雄高作品集』全6巻 (1971-72) と、平凡社の『林達夫著作集』全6巻 (1971-72) は、最も強く私の興味を惹き、読書の楽しみを 満喫させてくれました。実を言えば、埴谷雄高は 高橋和己の延長でしたが、ヨーロッパ文明史家で、平凡社の『世界大百科辞典』の編集長を務めた林達夫を読むようになったのは、何がきっかけだったのかは 覚えていません。逆に、この著作集を補足するように2年後に出た、林達夫と久野収の対談『思想のドラマトゥルギー』(1974、平凡社)が 大変おもしろかった。主に二人の読書体験が語られますが、その中でも 印象的な逸話は、林達夫が好きだったという、アナトール・フランスの『聖母の軽業師』(Jongleur de Notre Dame) の話でした (p.152) 。A・フランスは 戦前にはフランスの大文豪として世界的に読まれ、日本でも大いに人気があり、芥川龍之介や石川淳が傾倒していたことは 特に有名です。

林達夫   林達夫

『林達夫著作集』、全6巻、1971-72年、平凡社、函
林達夫+久野収:『思想のドラマトゥルギー』
1974年、387pp、ジャケット、平凡社

 アナトールの本名がフランスワなのに、ペンネームを (たいした違いはないのに)わざわざ 国名と同じ「フランス」にしたのは、グーグルによれば、愛国心からというわけではなく、父親の愛称を継承したからだ、彼の父親は軍隊に所属していた際、本名の「チボー」ではなく「フランス」という愛称で呼ばれていたし、除隊してから古本屋を開いた時も「フランス書店」という店名にしたため、息子であるアナトールも、自然とその通称を筆名として使うようになったのではないか、と言います。でも 思うに、むしろ彼は、最初の小説『シルヴェストル・ボナールの罪』を書き上げて上梓した時、将来は フランスの国民的作家になる、という予感 ないし自負を持っていたから かもしれません。

 その『聖母の軽業師』というのは どんな話かと言うと、町々を歩いて 見世物芸をする バルナベという貧しい軽業師がいて、ひょんなことから修道僧となった。ところが他の修道士と違って学のない彼には、特別 有意義な仕事もできない。自分にできることは「曲芸」だけだと悟って、夜な夜な、聖堂の聖母像の所に行って、軽業で聖母を慰めようとする。彼の 挙動不審を いぶかった修道院長たちが 彼のあとをつけて聖堂に行ってみると、彼が聖母像の前で 逆立ちをして、足で玉を転がすような 涜神的な行為をしているのを見て、さては 気が狂ったかと、止めに入ろうとした 刹那、祭壇から 聖母が 静々と段を降りて、バルナベの額の汗を、青いマントで拭ってあげるのを見て、驚き ひれ伏し、「心まずしき者は 幸いなり、彼らは 神を見るべければ」と唱えるのだった。

 これは中世から口承で伝えられる詩『 Our Lady's Tumbler( 聖母のタンブラー)』に基づいていて、アナトール・フランスは 現代文で、ごく短い短編小説にしてみせたのです。あの 諧謔趣味の 無神論者である A・フランスが、ずいぶんと従順な 聖母物語にしたものです。A・フランスの『昔がたり』(岩波文庫)の「第一編 幼年時代」では、彼が幼時に「聖書物語」の 絵草紙を見て 育ったことを書いています。後年、シニカルなエピキュリアンになった A・フランスも、 心の底には「聖書」の世界が、なつかしい思い出として 息づいていたわけです。『聖母と軽業師』のような 中世の奇蹟物語や 民話に題材を取った短編を いくつも書きました。
 私が 岩波文庫で それを読もうと思った時には 品切れ中だったので、古書店で 白水社の『アナトオル・フランス短篇小説全集』の 、それが入っている巻を買って読んだのだと思います。岩波書店の本は 買い取り制なので、増刷をするのは遅く、「売り切れ中」となる書が多く、戦前に人気のあったアナトール・フランンスも、当時の岩波文庫で買えたのは、『少年少女』と『シルヴェストル・ボナールの罪』の2冊だけでした。

 今では岩波文庫も 他社の文庫本にならって カラフルな紙ジャケットが掛けられていますが、昔は 色帯(腰巻)と パラフィン紙だけが掛けられていました。(カバー coverというのは英語で 表紙のことで、表紙をくるむ紙の蔽いは ジャケットと言います。)青色の帯は宗教、思想、歴史で、白い帯は政治、経済、社会、黄色の帯は日本文学の古典、緑の帯は日本の近代、赤い帯は海外文学です。その帯には 1970年代から、ふたつの番号が書かれています。大きい数字は 文庫の出版順の番号、小さい数字は「著者番号」です。著者ごとに 出版順の番号が添えられていますので、ここ にA・フランスの、岩波文庫における全作品を 番号順に示しておきましょう。

   赤 543-1  『少年少女』          1937  三好達治訳
   赤 543-2  『昔がたり』          1935  杉捷夫訳
   赤 543-3  『神々は渇く』         1937  水野成夫訳
   赤 543-4  『シルヴェストル・ボナールの罪』 1975  伊吹武彦訳
   赤 543-5  『聖母と軽業師』        1934  大井征訳
   赤 543-6  『エピクロスの園』       1974  大塚幸男訳
   赤 573-1  『知性の愁い(対話)』     1981  大塚幸男訳




聖母と軽業師"

(Le jongleur de Notre-Dame, 1890)
岩波文庫版(1934)
アナトール・フランス短編集、大井征 訳


聖母と軽業師   昔がたり

(左)岩波文庫の『聖母と軽業師』の初版は昭和9 (1934) 年と古く、表紙の
   タイトルは 右から左へ「師業軽と母聖」と書いてある。(帯は 後のもの)
(右)アナトール・フランスの『昔がたり』は、その1年後の 1935年が初版
  これはA・フランスの幼・少・青年時代の思い出を綴ったもので、
原題は『ピエール・ノジエール』

 下の絵は、中世から伝えられる聖母伝説の一つ「聖母のタンブラー」の、パリのフランス国立図書館に 唯一残る中世の絵で、体を逆 U の字に曲げたジャグラーの顔の汗を、天から降りる天使が布で拭ってあげている。

軽業師

写本『Arsenal 3516』に収められた、「聖母のタンブラー」
のイラスト。タンブラーとは曲芸師の意(From Wikipedia)

 これは ごく短い話なので、岩波文庫でも他の4編の短編小説と合わせた 135ページの薄型本です。最初に出たのは 昭和9(1934) 年で、林達夫は それを読んだのでしょう。その後 長く品切れになったり、1988年に復刊されましたが、今も品切れ中。白水社の 後の『アナトール・フランス小説集』の 第7巻に収録されています。 私もこの話が いたく気に入り、「愛書家」になってから、これを近代の「挿絵本」で入手したいと願って探索したのでしたが、2、3見つけたものの、どれも画風が気に入いらず、あきらめてしまいました。




少年少女

岩波文庫版(1937)
アナトール・フランス著、三好達治訳
フランスの『A・フランス全集』からの挿絵を転載


表紙   岩波文庫

(左)アナトール・フランス著、三好達治訳 『少年少女』1975年版
岩波文庫の通し番号(太字の番号)は、1927年の
創刊以来、発行順に付けられているので、
855番というのは、かなり早い。(初刷りは 1937年)
(右) 全19話のうち、1話目「仮装舞踏会」の扉

少年少女

上記「仮装舞踏会」の扉の挿絵(p.19)
エディ・ルグラン 絵、『アナトール・フランス全集』の挿絵の転載

 上術のように、当時 岩波文庫で買えるアナトール・フランスは、『少年少女』と『シルヴェストル・ボナールの罪』の2冊だけでしたので、すぐに これを買って読んだとところ、どちらも大いに 気に入って、A・フランスが すっかり好きになりました。そこで彼の本の 挿絵本を探索、蒐集するようになります。
 岩波文庫の『少年少女』は 詩人の三好達治の訳で、実に出来のよい本です。と言うのは、フランスのカルマン・レヴィ社から出ていた『アナトール・フランス全集』が挿絵入りなので、そこから各話の扉に エディ・ルグランの絵を転載していて、この文庫本自体が 小さい挿絵本となっているのです。昔 買った時に手製のビニール・カバーをつけたので、薄いこともあり、今も きれいな愛蔵古書です。お勧めです。
 内容は、今から 140年前のフランスの子供たちの、ごく ありふれた日常を 数ページづつの話にした単純なもので(1886)、これといった小説的なものではありませんが、A・フランスの筆致に 味わいがあるのです。全 19編から成り、また三好達治の訳文も 優れています。実は このうち5編は上述の『昔語り』(1899 )の第1編の5「母さんのお話」として再録されています(「学校」、「マリ」、「野道」、「大きい者たちの過ち」、「ジャクリーヌとミロ」)。 多少手を入れていますが、なぜこの5編だけを後の著作に 再び組み入れたのかは 不明です。




NOS ENFANTS(ノ・ザンファン)

Anatole France アナトール・フランス 著
Maurice Boutet de Monvel 
モーリス・ブテ・ド・モンヴェル 絵(リトグラフ)
1887年、パリのアシェット社 発行、Hachette, Paris


少年少女   少年少女

"NOS ENFANTS" 1887, Hachette, Paris
アナト-ル・フランス著『少年少女』表紙と扉、1887年
ハードカバー、クォータークロス装、32 ×24.5 cm, 51 pp.

 A・フランスの『少年少女』は 岩波文庫版で満足していましたが、「愛書家」になると 挿絵本の探査もすることになります。すると、今から 140年も前に制作された「大型絵本」のあることが わかりました。縦 32センチですから、岩波文庫を 田の字型に4冊並べたよりも大きく(A4判を もっと幅広にした大きさ)、本文は 51ページですが、モーリス・ブテ・ド・モンヴェルのリトグラフ(石版画)が 24枚も組み込まれ、本文ページにも モノクロ線画の挿絵が ページごとにある(48図)という豪華本です。しかも ハーフ・クロスのハードカバーで、重さが1キロを超えます。19世紀フランスの 歴史的絵本です。私は「絵本」のコレクションは しない方針でしたが、これは 架蔵しないわけにいかず、AbeBooks を通じて 入手しました。原題は「ノ・ザンファン」で、「我らの子どもたち」の意です。
 この表紙は ヒマワリの花を描いていますが、デザイン、色使いとも、感心せず、M・B・ド・モンヴェルの絵とは思えません。

少年少女

"NOS ENFANTS" 1887, Hachette, Paris、'Marie'
アナトール・フランス著『少年少女』4話目「マリ」
モーリス・ブテ・ド・モンヴェル(Maurice Boutet de Monvel)

 絵を描いたモーリス・ブテ・ド・モンヴェル (1850-1913) は パリ美術学校(エコル・デ・ボザール)出身の画家で、生活のために商業美術も手がけ、イラストレーターとして人気を博しました。特に『ジャンヌ・ダルク一代記』の絵本で有名ですが、農家の子供たちの絵を描いて A・フランスに見せたところ 気に入られ、『少年少女』の絵本を制作することになったようです。絵は すべてリトグラフ(石版画)にしました。(私の好きな挿絵画家・アンドレ・マルチは、モンヴェルの画塾で学んで 挿絵の道に入ったそうです。)

 リトグラフの画集と聞いて、この HP を ずっと読んでくれている人なら、フランク・ロイド・ライトの「ヴァスムート版作品集」が すべてリトグラフの版画であったこと、制作には ライトの息子の ロイド・ライトと、事務所のドラフトマンだった テイラー・ウリーをフィレンツェに呼び寄せて、数カ月間 この仕事をさせた、ということを 覚えているかもしれません。
 この『少年少女』の 24枚のリトグラフは、ライトの「ヴァスムート版作品集」の 1/4くらいの大きさで、枚数も 1/4 だったとは言え、カラーですから、版作りも 刷りも4倍くらいの工程を要します。豪華本です。しかも稀覯本ですから、古書価格も かなり高くなっていることでしょう。

 リトグラフというのは「平版(へいはん)」で、版面を彫るのではなく、版面に直接 線や絵を描き、その部分に油性のインクを載せ、それ以外の部分を親水性にすると、油が水をはじく原理で、描画部分だけを紙に転写することができます。それを色ごとにやって重ねて刷ると、多色刷り版画になります。版面に 石 を使うことが多いので「石版画」と呼ばれ(石はギリシア語でリトスと言います)、木の版面を彫る「凸版」の木版画や、銅の版面を彫る「凹版」の銅版画とは 異なります。
 ライトの「ヴァスムート版作品集」と同じように、その技法で「片面印刷」された絵のページが 24枚も組み込まれて製本されています。文字は活字の機械印刷ですから、どちらが先か分かりませんが、刷り重ねるので、さらに工程が増えます。この本には、後の「挿絵本」のような、用紙の種類と印刷部数の記載がないので、何部刷ったか分かりません。おそらく 200部か 300部、多くて 500部くらいではないでしょうか。何年ものちに 再版するとしたら、それを写真製版して印刷するほかないので、オリジナルのリトグラフの本とは違うわけです。
 本の最初のページに、彫版は ギヨーム兄弟 (Guillaume frères ) により、印刷は A・ラユール (A.Lahure ) による と書かれています。彫版(gravure)とは、何の材質への彫版だったのでしょうか。

少年少女

"NOS ENFANTS" 1887, Hachette, p.24、'Convalescence"
『少年少女』各話の 始めのページのサンプル、10話目「回復期」
M・B・ド・モンヴェル の単色ヴィニェット


少年少女

"NOS ENFANTS" 1887, Hachette, Paris、'Fanchon'
アナトール・フランス著『少年少女』1話目「ファンション」
M・B・ド・モンヴェル の オール・テクストの挿絵、p.4の向かいページ

 各話の最初のページには、モンヴェルによる単色(黒)のヴィニェット(小挿絵)が ページ中央に組み込まれているほか、その他の本文ページにも1点ずつ入っているので、全部で 48点になります。

少年少女


ところが 10数年前にこれを購入した時、ネットで調べていたところ、これに彩色してあるヴィニェットを見つけて 驚きました( 「ファンション」 p.2 のヴィニェット)。

少年少女


全部のヴィニェットを 多色刷りにしているのではなく、10数点だけのようです。どうも これは多色リトグラフではなく、印刷された挿絵に手彩色して、保存用、及び贈呈用としたのではないかと思われます。第6話「ロジェの厩(うまや)」のヴィニェットも、次の通りです。

少年少女


少年少女

"NOS ENFANTS" 1887, Hachette, 6話目「ロジェの厩」
M・B・ド・モンヴェル の 線画のヴィニェットと、その彩色版の例(p.19)

モンヴェルによる単色線画の挿絵も、もしかすると リトグラフなのかもしれませんが、オールテクスト(ページ大)の版画ページよりも紙が薄いし、両面印刷なので、木口木版画なのかもしれません。


少年少女

"NOS ENFANTS" 1887, Hachette, Paris、'La Revue'
アナトール・フランス著『少年少女』12話目「観兵式」
M・B・ド・モンヴェル の オール・テクストの挿絵、p.34の向かいページ


 オリジナルの出版から 10〜20年後の 1910年頃に 再出版することになった時、アシェット社は、定価を安くして買いやすくするためでしょう、これを2分冊にし、前半の巻を "NOS ENFANTS" (我らの子どもたち)、後半の巻を "FILLES ET GARÇONS" (少年少女)という題名にしました。岩波文庫の訳本は、三好達治が後半の方の題名を採用して、『少年少女』としたのです。


少年少女   少年少女

アナトール・フランス著『少年少女』2分冊、1910年頃
『ノ・ザンファン』と『フィーユ・エ・ギャルソン』
各 ハードカバー、29×21.5 cm, 26 pp. + ページ大のカラー図版 12枚
表紙の絵は、M・B・ド・モンヴェルが 新たに描いたか、あるいは
元版の時に描いて 使わなかった絵から 選んだのかもしれない。
circa 1910, Hachette, Paris パリのアシェット社発行

 2分冊の大きさが 元版より1割ほど小さくなったのは、周囲の余白を小さくしたから らしい。表紙のデザイン以外、内容は 元版を厳密に半分ずつに分割したようです。と言っても 話数でいうと、前半は9話、後半は 10話になりますが、ページ数は ちょうど同じになりました。発行年は 本に記載が無いので不詳ですが、1900年頃とされることが多いようです。2分冊にしたこと以外は、元版に忠実に作られていますが、もちろん 図版はリトグラフではなく、元版からの写真複写印刷です。そこから(カラーの写真製版が普及した)1910年頃では ないでしょうか。

 日本では、元版の約 100年後の 1986年に、『子ども景色』という題名で 邦訳版が ほるぷ出版から出ま した(今は絶版)。分冊には せず、1冊本にしましたが、表紙絵は2分冊の前半の巻の "NOS ENFANTS" のほうを採っています。

子ども景色

邦訳版『子ども景色』石沢小枝子訳、1986, 29×21.5 cm, 52pp.





シルヴェストルボナールの罪

Le Crime de Sylvestre Bonnard, 1881
アナトール・フランス 著、伊吹武彦 訳
岩波文庫版(1975)
『アナトール・フランス小説集 1 』(2000)白水社


全集   白水社

(左)岩波文庫の「シルヴェストル・ボナールの罪」300 pp. 1975年
(右)白水社の『アナトール・フランス小説集』第1巻
「シルヴェストル・ボナールの罪」19.5 cm, 293 pp. 2000年

 前述のように、岩波文庫で最初に読んだアナトール・フランスは『少年少女』と、『 シルヴェストル・ボナールの罪 』でした。こちらは 長編の「老人小説」ですが、いっそう 気に入り、伊吹武彦の名訳とあいまって、私の愛読書となりました。主人公は学士院会員の老学者で、すでに引退の身でありながら 専門のフランス中世史、文学の古書への情熱は衰えず、書棚に囲まれながら 古書目録を熱心に読むような生活をしています。それが、若い時に思いを寄せていた女性、クレマンチーヌの孫娘、ジャンヌが孤児になっていることを知り、引き取って養女にします。そうした生活から生まれる ささやかな物語が、古本屋の息子として育った A・フランスの 古書の知識の 蘊蓄(うんちく)を傾けて、ペダンティックに繰り広げられます。「古書の愉しみ」を人生の糧にする人にとっては、面白くて たまらない小説です。

 当然、私はこの小説の挿絵本を求め、ネットで探して、カルマン・レヴィ社の 挿絵入り『アナトール・フランス全集』の その巻を取り寄せました。ところが、その挿絵たるや、まったくひどいもので、見るのもいやになり、処分してしまいました。今ネットで探すと、1984〜1994年にプレイヤード版で『アナトール・フランス作品集』 全4巻 が出てからは、仏語版全集は廃刊になったらしく、その英語版全集の表紙写真だけが見つかりました。仏語版のデザインは、これとは 少し違っていたような記憶がありますが。

全集   全集

(左)英語版『アナトール・フランス全集』「シルヴェストル・ボナールの罪」の表紙
(元は "Anatole France Oeuvres Complètes Illustruées", 1926-29
(右)プレイヤード版 『アナトール・フランス作品集』全4巻、1984-1994
ガリマール出版社 (ウェブサイトより)

 岩波文庫版は多少傷んだので、白水社の『アナトール・フランス小説集』が出たのを機会にその第1巻に買い替えたら、思いがけず挿絵が入っていて、何とそれが 私の嫌悪したフランスの『全集』からの転載であったのには がっくりしました。幸い 挿絵の数は わずかだったので、無視することが できましたが。

 その後 だいぶ経ってから、別の英訳版の『 シルヴェストル・ボナールの罪 』がアメリカの「限定本出版クラブ」 (The Limited Editions Club) で作られていて、こちらの挿絵の方がずっとましだ、と知るに及んで、これを取り寄せました。そしてこの大型本の英訳者が、来日する前の ラフカディオ・ハーン(のちの 小泉八雲)だと知ったのでした。また挿絵を描いているシルヴァン・ソヴァージュは、私の架蔵する ピエル・ロチの『 マダムクリザンテム 』( お菊さん、Madame Chrysanthème )の挿絵画家でもありました。
 「限定本出版クラブ」 (The Limited Editions Club) というのは、フランスの ベルエポック時代の「愛書家協会」に倣って、アメリカの愛書家たちのために、良質な古典的文学作品を選んで、上質で優美な造本にして、そこに、名のある(挿絵)画家に挿絵を発注して、それぞれ 1,500部(のちに2,000部)として、会員だけに提供しようと、今から 100年近く前の 1929年に ジョージ・メイシー (1900-1956) によって設立された「愛書家クラブ」です。2010年までに 589冊を作ったと言います。メイシーは亡くなりましたが、「クラブ」は 今も存続しています。

英語版

アメリカの「限定本出版クラブ」による英訳版
アナトール・フランス 著『シルヴェストル・ボナールの罪』の表紙
緑色布装 ハードカバー、金文字 箔押し、29 X 23.5 × 2.5 cm、190 pp.
アンリ・ソヴァージュのカラー挿絵 11点入り、1937年                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

英語版

Anatole France : "The Crime of Sylvestre Bonnard"
Translated by Lafcadio Hearn(ラフカディオ・ハーン、小泉八雲)
Illustrated by Sylvain Sauvage(シルヴァン・ソヴァージュ)
The Limited Edition Club, New York, 1937

シルヴェストル

"The Crime of Sylvestre Bonard" 1937, title page
アナトール・フランス著『シルヴェストル・ボナールの罪』
上の口絵の中央部、ボナールが書庫から本を取って来るあいだに、
来訪したジェリスと ジャンヌが、親しくなっている。


シルヴェストル

"The Crime of Sylvestre Bonard" 1937, sample page
英語版『シルヴェストル・ボナールの罪』の、シルヴァン・
ソヴァージュの挿絵のある サンプル・ページ(p.57)
居眠りをするボナールは、テーブルの上の仙女の人形の夢を見る。


シルヴェストル

"The Crime of Sylvestre Bonard" 1937, illust page
英語版『シルヴェストル・ボナールの罪』の挿絵の一枚( p.18 向い )
幼いシルヴェストルが 伯父に、あの人形を買ってほしいと頼むが
一蹴される。(シルヴァン・ソヴァージュの挿絵)


シルヴェストル

"The Crime of Sylvestre Bonard" 1937, illust page
英語版『シルヴェストル・ボナールの罪』の、挿絵の一枚(p.28 向い)
稀有なマッチ箱を探し歩く、トレポフ公爵と夫人(ココズのおかみ)





『 CLIO 』(クリオ)

Anatole France アナトールフランス 短編集
illustré par Alfonce Mucha (1860-1939)
アルフォンス・ミュシャの 挿絵 14図入り
カルマン・レヴィ社, パリ、1900年


クリオ

Anatole France : "CLIO" cover
挿絵本、A・フランス 著『クリオ』ブロシェの表紙
アルフォンス・ミュシャは表紙絵だけ、金を使って華やかにした
19× 13 cm, 188 pp, Calman Levi, Paris

 アナトール・フランスの、絵本は別にした 挿絵本の中で最も人気のあるのは、短編集の『クリオ』でしょう。というのは、挿絵を描いているのが、アール・ヌヴォを代表する画家の アルフォンス・ミュシャだからです。この『クリオ』における A・ミュシャの版画は、彼のポスターなどと違って、実に、実に 淡い色で彩色されています。何とも繊細な美しさの ポシュワール版画が、どれも小さいですが 13点も入っていて、しかも、わずか 150部限定の 挿絵本でしたから、古書価格は かなり高くなっていて、入手困難です。私は フランスの古書店から 価格の低いものを購入したのですが、次第に製本が壊れてしまったので、製本家にフル・レザーの革製本をしてもらい、かえって高くつきました。
 この短編集の翻訳は、白水社の『アナトール・フランス小説集』 第 10巻に入っています。
14篇のうち、 収録作品は「キメの歌うたい」、「アトレバテスのコム」、「ファリナータ・デリ・ウベルティ あるいは 内乱」、「王は飲む」、「ムイロン号」の5編です。


クリオ

"CLIO" sample page
挿絵本、A・フランス短編集 『クリオ』 p.109
第4話「ファリナータ・デリ・ウベルティ あるいは 内乱」の扉
ポシュワール版画は A・ミュシャ


クリオ

"CLIO" sample page
挿絵本、A・フランス短編集 『クリオ』 p.137
第4話「王は飲む」の扉、ポシュワール版画は A・ミュシャ


クリオ

"CLIO" sample page
挿絵本、A・フランス短編集 『クリオ』 p.149
第4話「王は飲む」の扉、ポシュワール版画は A・ミュシャ


クリオ

Anatole France: "CLIO"
『クリオ』の第5話「ムリオン号」のビニェット
アルフォンス・ミュシャの ポシュワール版画 (p.137)

 ベル・エポックの時代にフランスで盛んになった ポシュワール版画というのは、「古書の愉しみ」の第7回『青い鳥』に書いたように、

「これは、一色ごとに金属の型板を作り、切り抜かれた部分を 職人が 刷毛あるいはスプレーで彩色して色を重ねるという、たいへんに手の込んだ方式です。そのかわり 手彩色ですから、実に発色がよく、写真製版のカラー図版など 比べものになりません。つまり この本には、オリジナルの版画が 14点も 組み込まれているわけです。フランスの最も有名なアールデコの挿絵画家、ジョルジュ・バルビエの挿絵本も、ほとんどが ポシュワールの技法で作られました」

クリオ

Anatole France: "CLIO"
挿絵本、アナト-ル・フランス短編集 『クリオ』
A・ミュシャによる、一番大きな ポシュワール版画
第1話「キメの歌うたい」(p. 23)104 x 63.5 mm

     

 戦前には、A・フランスは日本でも人気があり、白水社から
  ●『アナトオル・フランス短篇小説全集』全7巻が 1939年〜40年(昭14〜15)に出て、
  ●『アナトオル・フランス長篇小説全集』は、全17巻のうち 10冊が 戦前の 1940年 〜43年に出て、出版統制による中断後、7冊が 戦後の 1950年〜51年に出版されました。今では 知る人も少なくなったので、全巻を示しておきます。


    1 『シルヴェストル・ボナールの罪』  (伊吹武彦訳)
    2 『鳥料理レエヌ・ペドオク亭』    (朝倉季雄訳)
    3 『現代史 T』            (水野成夫訳)
    4 『現代史 II』           (大岩誠訳)
    5 『現代史 III』           (杉捷夫訳)
    6 『現代史 IV』            (川口篤訳)
    7 『神々は渇く』           (水野成夫訳)
    8 『舞姫タイス』           (水野成夫訳)
    9 『ジェロム・コワニャールの意見』 (市原豊太訳)
   10 『ジャン・セルヴィヤンの願ひ』   (大塚幸男訳)
   11 『白き石の上にて』         (権守操一訳)
   12 『 赤い百合』           (小林正訳)
   13 『楽屋裏の話』           (根津憲三訳)
   14 『ペンギンの島』         (水野成夫訳)
   15 『天使の反逆』           (川口篤訳)
   16 『小さなピエール』        (岡田真吉訳)
   17 『花ざかりの頃』          (大井征訳)


 私は神田の古書店でさがしては、一冊ずつ読んでいきました。半分くらいを読んだでしょうか。私が愛読した『ペンギンの島』については、「インド・ヒマラヤ建築紀行」のサイトの「チベット仏教の ゴンパと村落」の回の終わりのほうに、少し書きましたが、新版・小説集に入らなかったので、今でも架蔵しています。(このHPの「西洋の語録」に掲げたA・フランスの「語録」は、  

アナトールフランス 「ペンギンの島」
「余の興味を惹きそうに思われる娯楽が いろいろ あることは明らかであるが、しかし 余の畢生の目的に至っては、唯の一つしかない。 余の生涯は、これを挙げて、ある大計画の完成に 向けられている。 余は ペンギン人の歴史を書くのだ。 余は しばしば起こる、そして時には 打ち勝ち難くさえ見える困難にも 屈することなく、孜々(しし) として この業にいそしむ。」

というものです。


全集

『アナトール・フランス小説集』全 12巻、2000,白水社(ウェブサイトより)

 私の高校時代の先輩の 鶴ケ谷真一さんは白水社で編集の仕事をしていましたが、独立して文筆家となり、『書を読んで羊を失う』を白水社から出して、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しました。その頃、卒業以来初めて会った時に、白水社でアナトール・フランスの全集を復刊させてくれないだろうか と言ったら、A・フランスは今ではあまり読まれないから 難しい と言っていましたが、白水社の 元同僚に伝えてくれたようです。そうした要望が他にもあったのでしょう、白水社は 2000年に『アナトール・フランス小説集』(新版)を出版しました。かつての長編全集と短編全集から半分ぐらいを選んで、全12巻にまとめたものです。「聖母と軽業師」は、第7巻の短編集『螺鈿の手箱』に入っています。




聖母の曲芸師

(Le jongleur de Notre-Dame, 1890)
アナトール・フランス短編集、堀口大學 訳、装画=横田稔
1989年発行、190×118 mm、103ページ、定価 1600円


 というわけで、アナトール・フランスの挿絵本を探求してきましたが、結局、最初の『 聖母と軽業師』の挿絵本は 気に入るものがなく、あきらめていました。ところが最近になって、『聖母の曲芸師』という書名の挿絵本が 現代の日本で作られていたことを知り、驚きました。絵本作家で版画家の 横田稔 (1942- ) が 堀口大学 (1892-1981) の訳業に惚れ込んだらしく、挿絵本の短編翻訳集を、何冊も作って出版していたのです。短編の原著者はいろいろですが、『聖母の曲芸師』という題名の本は「堀口大學訳 横田稔装画 短編物語」という3巻シリーズの3冊目になっています。他の作家のごく短い3編と合わせた小型本です。内容は、

   聖母の曲芸師        アナトール・フランス       9
   バタシュの麒麟       トリスタン・ドレエム        37
   バタシュは反芻しがたい  トリスタン・ドレエム       47
   バタシュと金魚       トリスタン・ドレエム        59
   少女            ジュール・シュペルヴィエル   77

 A5判 100ページほどの小型本に、ページ大の挿絵が 14点もはいっていて、そのうち 10点がカラーです(もちろん 版画ではありませんが)。「聖母の曲芸師」にはカラーばかり6点が添えられています。たいへん好感の持てる本で、現代日本でこのような挿絵本を 何冊も作っている人がいたとは 驚きです。

横田稔    横田稔
『聖母の曲芸師』1989,書肆山田
表紙と、解りにくいが、飾り文字(ル)のある冒頭部


横田稔   横田稔
「聖母の曲芸師」の、横田稔の挿絵
左は、聖母像の前で逆立ちをして、足で玉回しをするバルナベ(絵のみ拡大)

 造本にはたいへん好感がもてるけれども、挿絵は、もっと丁寧に描きこん でくれたら よかったと思う。横田稔は 1979年に、本物の銅版画6葉を挿絵として付けた「草原叢書」という特装版を 150部限定で作ったらしいですが、私は見る機会に 恵まれていません。翻訳は、堀口大學訳も、岩波文庫の 大井征訳も、どちらも良いと思います

( 2026 /05/ 01 )




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