ENJOIMENT in ANTIQUE BOOKS - XLI
栗田勇 + 杉浦康平
『 現代の空間 』
Isamu Kurita :
" Contemporary Space "
1964, San-ichi Shobo, Tokyo

神谷武夫
『現代の空間』
『現代の空間』 栗田勇、1964年、三一書房

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異端の芸術家へのアプローチ

今回の「古書の愉しみ」でとりあげる栗田勇著『現代の空間』は1964年の出版なので、今から53年前の古書です。前回の『太陽を慕ふ者』が92年前の本だったのに比べて、それほどの古書とは言えません。私が高校3年生のときの出版でした。その年に古書店で安く買ったので、少々傷んでいて、さらに美術部の後輩たちにしょっちゅう貸していたので いっそう傷んでしまい、気に入っていた本なので、後にきれいな本に買い直したものでした。

 今でこそ栗田勇(1929- )といえば『一遍上人』とか『良寛』とか『最澄』とか、日本の中世の美術や人物についての著書で知られていますが、もともとは東京大学の仏文を出たサンボリストの詩人で、詩集『サボテン』や、『ロートレアモン全集』の個人全訳で 詩壇に知られました。しかし彼の根本的な興味は 詩そのものよりも、時代や体制に対する反逆者や異端児、革命家などの精神に向けられていたようで、トロツキイの『わが生涯』や『亡命日記、査証なき旅』も翻訳しています。

『現代の空間』
『現代の空間』の函と表紙

 それが ある時期から 建築評論に のめりこみました。私は高校3年の時には建築家になろうと決めていたので、今はない『建築』(青銅社)という雑誌で栗田勇の名を知っていました。『建築』というのは、『新建築』問題で川添登以下編集員が全員新建築社を退社した時の一人、平良敬一(たいら けいいち)が創刊し、編集をしていた雑誌で、その斬新な特集形式の編集によって若い世代の支持を集めました。そこに登用された栗田勇は 文学畑からの新進建築評論家として、『建築』のほかにも『国際建築』や『近代建築』『インテリア』などに、主として異端の建築家についての紹介記事や建築評論を書いて、かつてのフランス文学仲間を驚かせたのでした。栗田は芸術全般を視野にいれていたので、欧米とちがって日本では 建築が「工学」と見なされて、「芸術」としての建築評論が少ないことに疑問をもっていたようです。

『現代の空間』
栗田勇『現代の空間』60ページ「空間の造形」

 私が古書店で新刊古書の『現代の空間』を見つけた時、「空間」という言葉を最も好んで使うのは建築界でしたから、建築に関する本だろうと これを手にとって背表紙を見ると、タイトルの脇に栗田勇の文章があります。

「サンボリズムは空間的に世界を直感することから始まる。
それが私をして<空間>を 芸術原論の中心にすえさせたのである。」

と、長いサブタイトルのように添えられたこの文を読んで、私は高校時代には毎日絵を描いていて、工学よりも美術の視点で建築を見ていたので、栗田勇の姿勢に大いに共感したのでした。

『現代の空間』
栗田勇『現代の空間』163ぺージ「ガウディにおける死と転生」

 そして本の中身を見ると、全体が「建築」と「映画・音楽」と「文明」の三分野に大別され、建築では「サムの塔」や「パレ・イデアール(理想宮殿)」や「ガウディ」などが採りあげられ、また「シュールレアリストの眼」で近代建築史を記述したりしているのに感激して、この本を購入したのでした。私には子供時代から幻想的なもの、夢幻的なものへの嗜好があり、中学、高校の美術部作品展にもそんな絵を描いて出品したりしていたのです。そういった「幻想性」を最もよく体現していると思われたのは、絵画ではダリ(1904-89)であり、建築ではガウディ(1852-1926)でした。

蜘蛛の糸
幻想性への憧れ

 ガウディもダリも まだ日本では断片的にしか紹介されていなかった頃で、早くダリの作品展が日本に来ないものかと 中学生の時から願っていましたが、それが実現したのは高校3年の1964年になってからでした(東京展は どういうわけか 美術館ではなく、東京プリンスホテルの特設ギャラリーという 手狭な会場で行われましたが)。その時のカタログを買ったはずですが、見当たりません。
 ガウディの作品集に至っては、その2年後の1966年に、鹿島出版会の『SDグラフィックス』シリーズの1冊として出たのが最初だと思います。『現代の空間』が出たのは、ちょうどダリ展のあった年で、私の幻想趣味には おあつらえ向きの本だったと言えます。

『現代の空間』
『現代の空間』の内容ー1
『現代の空間』
『現代の空間』の内容ー2

 今まで何度か、建築について語る文学者が 日本には ほとんどいなかったと書きましたが、栗田勇は その数少ない一人だったと言えます。しかし彼は『現代日本建築家全集』全24巻の企画・編集をして三一書房から出版(1970-75)したのを最後に 建築界から去り、著作は日本の伝統文化にシフトして行きました。私は初期の『伝統の逆説』しか読んでいないので、詳しいことは知りません。彼はそれ以外にも さまざまなジャンルの評論を旺盛に書き、その著作集が2回も出版されたのですから、たいしたものです。ただし、著作集の中の『現代の空間』の巻は、ここで扱う単行本の『現代の空間』とは 内容がちがいますので、注意してください。

『現代の空間』

栗田勇『現代の空間』 1964年、三一書房
たとう(シュミーズ)と、本体と、函(エチュイ)



斬新な造本

 ところで、私が最初に『現代の空間』を新刊古書として 古書店で見つけた時、私の心をとらえたのは、実は 内容もさることながら、その形式に驚嘆したのです。つまり「造本」(ブック・デザイン)です。函の背には ほどよい大きさで著者名とタイトルが 白地に黒ゴチックの太字で書いてあり、他の4面は真っ黒で、そこに不思議な形の絵 (?) が グレーで組み込まれています。中身を出すと、厚表紙と思ったものが パラリとはずれ、クリーム色のしなやかな折り返し表紙の本体と分離しました.つまり函(エチュイ)と帙(シュミーズ)と本体の3部構成になっているのです。「古書の愉しみ」の『堀辰雄全集』の時に紹介した『聖家族』が これと同じ構成でした。後に西洋の挿絵本を買うようになって、大きめの挿絵本では こうした構成が普通だということを知りましたが、この時は初めてだったので、この本の造本者の独創だと思ってしまいました。

前に『堀辰雄全集』の項で紹介した、江川書房版の『聖家族』1932年
フランス装の本体と、函(エチュイ)と、たとう(シュミーズ)

 ここでもう一度、造本上のそれらの名前を復習しておくと、まず「函」(はこ)というのは、小口全部がふさがる容器を「箱」と言うのに対して、一方から本などを出し入れするケースは「函」と言います。フランス語では「エチュイ」(Étui)と呼び、たばこや バイオリンのケースもエチュイと言いますが、愛書家にとっては、何よりも 本の函をさします。
 「帙」(ちつ)というのは、中国では書物を包む布や袋であったようですが、日本では和本を保護するために 厚紙に布を貼って、折り畳みの箱のようなものに発展しました。そのために「畳紙」とか「貼紙」と書き、どちらも「たとうがみ」あるいは「たとうし」と読み、単に「たとう」とも呼ばれます。着物を折りたたんで包む紙なども そう呼ばれます。

前に『アンコール詣で』の項で紹介した『アンコール・ワット図面集』の帙

 「たとう」が書物全体を包み、紐か爪で しっかり閉じるのに対して、西洋では厚紙を三つに折って、表表紙、背表紙、裏表紙のようにして 書物本体を挟むだけのものがほとんどです。これをフランス語では「シュミーズ」(Chemise)と呼びます。薄い冊子本(1冊でも数冊でも)を保護し、函にいれて書棚に立てるのが主目的だったのでしょうが、大きめの挿絵本では、挿絵を1枚ずつ取り出すことができるように「無綴じ本」にすることが多いので、全体が崩れずに立たせるためには、厚手のシュミーズとエチュイが必要になります。表紙をくるむ 薄い紙の「ジャケット」とは 全く違います。

 したがって、『聖家族』や『現代の空間』のように 綴じて製本した本体が函に入っている場合には、帙は 実用的には不要であり、単にブック・デザインとして付けられたものですが、形としては、日本の「帙」とはちがう、洋装本の「シュミーズ」と呼んだ方が適当 ということになります。英語では、函はスリップ・ケース、帙は「カードボード・フォルダー」あるいは「フォールディング・ペーパーケース」と呼びます。
 『聖家族』が すべて真っ白だったのに対して、『現代の空間』では エチュイもシュミーズも本体の表紙も、すべてが隅々まで 字や図版で埋められています。しかも本体の裏表紙が「目次」になっているのでした。表表紙には本文中から抜き出した短文がアフォリズムのように連なっています。シュミーズには 螺旋階段の見下げと見上げらしき写真が、表と裏に 大きく印刷されています。本文ページはアート紙で、これも本文活字と 種々の奇怪な図版が目白押しに組み込まれていて(本文と無関係の写真も多い)、こんなブック・デザインがありうるのかと、高校生の私は いたく驚き、深く魅了されました。

『現代の空間』
栗田勇『現代の空間』巻末「奥付」「図版目録」


杉浦康平のブック・デザイン

 この造本をしたブック・デザイナーこそ、戦後のグラフィック・デザインの牽引役として大きな足跡を記した杉浦康平(1932- )です。他にも彼がデザインした本はたくさん私の書棚にありますが、私が最も衝撃を受け、愛してやまなかったのが『現代の空間』です。

 杉浦康平は 美術学校の いわゆる「デザイン科」を出たのではなく、東京芸術大学の建築科の出身です。ということは、私の先輩に あたるのです。それを知った時、さもありなん と思ったのは、彼のデザインが いつも非常に きっちりとした「建築的な」ものと感じられたからです。杉浦康平は 当時のグラフィック・デザインの主分野であったポスターよりも、終始 ブック・デザインに情熱を傾けたようです。
 私の知る範囲では、彼のブック・デザインは 前期と後期の2期に分けられるように思います。現在に至る「後期」は 色が主体と言えるでしょう。実に巧みに色彩を使って、カラフルな、派手ともいえるようなデザインをし、しばしば本文用紙まで、色のついた紙を使ったりもします。これに比べると「前期」は禁欲的とも言えるほどに 色彩を抑え、あまり色気の感じられない、文字を主体とするデザインでした。

 『SD(スペ-スデザイン)』という雑誌がありました。先述の『建築』を創刊した平良敬一が、新しく作られた出版社・鹿島出版会に招かれて出版の指揮をとり 創刊した、建築を中心としながら、それ以外のデザイン・文化も対象として「空間(スペ-ス)」概念でくくろうとした意欲的な雑誌です。私が大学に入った頃に創刊されたので、私もだいぶ長いこと この雑誌を取っていました。平良敬一という人は「建築雑誌の権化」ともいうべく、最初は『新建築』の編集員でしたが、新建築社を退社すると『建築知識』、そして先述の『建築』を創刊し、鹿島出版会に移って『SD』を創刊して編集長を務め、『都市住宅』を創刊すると『建築』時代の部下の植田実を呼んで編集長にしました。鹿島出版会で重役になりそうになると退職して「建築思潮研究所」という小組織を作って『住宅建築』を創刊して編集長となり、さらに『造景』という街づくりの雑誌も創刊しました。

『SD』    『都市住宅』
杉浦康平のデザインによる、雑誌『SD』と『都市住宅』の表紙

 杉浦康平は その『SD』の創刊号から表紙デザインをまかされていましたが、上図の1966年1月号のように、ほとんど文字だけで構成していました。『現代の空間』の表紙が「目次」になっていたようなものですが、実に新鮮でした。『都市住宅』の表紙デザインも依頼され、上図のように住宅建築の名作の透視図を ずれた角度から作図して赤と青で印刷し、付録の赤―青メガネで見ると立体的に見える、というものです。常に創意工夫をこらしたブック・デザインをしましたが、いずれも色を抑えた、新鮮でいながら 禁欲的なデザインに見えます。
 だいぶ後に、栗田勇は『SD』誌に小説を連載したことがありますが、中途半端に終わってしまったような記憶があります。

 文学書では、杉浦は 埴谷雄高(1909-97)の『作品集』や『闇の中の黒い馬』の造本も手がけ、どちらも駒井哲郎の版画を使いながら 真っ黒のデザインにしました。埴谷雄高は どの著作においても「暗い」「闇」「漆黒」「暗黒」といった言葉を連発しているので 必然的な結果とも言えますが、これ以後、他のデザイナーが担当しても 埴谷雄高の本はすべて、色彩が欠如した真っ黒な本になってしまいました(1957年から未来社で出し続けていた評論集『〇〇と〇〇』シリーズの函は 明るい色だったのにもかかわらず)。

『闇の中の黒い馬』    『埴谷雄高作品集』

杉浦康平の造本による『闇の中の黒い馬』1970年と、
『埴谷雄高作品集』第4巻の函 1971年

 こうした杉浦康平の 文字を主体とする「前期」の禁欲的なデザインの到達点が、高橋和巳(1931-71)の『わが解体』です。高橋は京都大学の中国文学科を出たあと、『悲の器』や『憂鬱なる党派』、『わが心は石にあらず』、『邪宗門』など 数々の長編 破滅小説によって 全共闘時代の若者から圧倒的な支持を受けました。小説家であると同時に優れた中国文学者でもあったので、恩師の吉川幸次郎に呼び戻されて 京大の助教授になると、折しも大学紛争の真っ只中、学生たちの突き上げから逃げることなく 誠実に対応したので、その激しい疲労と心労が ガンを誘発したのか 闘病生活がかさなり、1969年には学生側を支持して京大を退職、その2年後に、わずか 39歳の若さで世を去りました。

『わが解体』

杉浦康平の造本による高橋和巳の『わが解体』1971年
本の大きさは『闇の中の黒い馬』の半分ほどだが、
これが杉浦康平の前期のブックデザインの最高峰だと思う。

 『わが解体』は 最後の2年間に書いたエッセイを集めたもので、ガンと闘い、大学と闘い、自己の内面と闘った、高橋和巳の最後の本で、それを彼は『わが解体』と名づけました。杉浦康平のデザインは 本の内容を直接的に表したわけではない にもかかわらず、この巨大な明朝活字を使った装幀は実に鮮烈で、書店でパッと私の目をとらえたこの本を手にした時、高橋和巳のこの壮絶な本には このデザインしかない、とさえ思えたものでした。

 しかし このあと 杉浦康平は色彩の世界に入っていき、巧みなデザインであるとは思っても、そうした派手なデザインは それほど私の興味を惹かなくなってしまいました。私が根本的に好むのは、『聖家族』のような、建築でいえばシトー会の修道院のような「純粋造本」であるからでしょうか。

(2017/11/01)



< 本の仕様 >
 栗田勇 著、"現代の空間" 1964年、三一書房、405ページ。
 杉浦康平・杉浦満による装幀・造本、モノクロ図版 409点。
  20.5 × 12.5 × 2.5cm。洋帙・函入り、折り返し表紙、重さ 850g。



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