『 武士道』

神谷所蔵の 裳華房『武士道』BUSHIDO, The Soul of Japan 第7版、1901年、
布装の表紙。 背表紙には、副題の THE SOUL OF JAPAN のみが書かれている。
タイトルの独特の書体は、アンナ・C・ハーツホーンの創作ではなかろうか。

布に 白っぽいところと黄土色っぽいところがあるのは、
アメリカにおける前の所有者 あるいは古書店が、本の汚れを落とすために、
へたな酸洗いをした結果ではないかと思われる。 それでもなお、
これだけきれいに保存された、20世紀初頭の『武士道』は珍しい。
大きさは、縦 153mm、横 105mm、厚さ15mm、重さ 200g。


『 武士道』

裳華房版『武士道』第7版 1903年(明治36、皇紀 2563年)のジャケット
前回の岡倉覚三『日本の覚醒』のような、店頭用の薄手の保護用ジャケットだが、
こちらは日本の本らしく、背には定価を書かず、奥付に書いている。
Seventh Edition(第7版)と書いてあるが、それが 1903年というのは 腑に落ちない。

扉におけるのと同じように、英国における出版社名が最下部にある:
LONDON, Simpkin, Marshall,Hamilton, Kent & Co. Ltd おそらく これは
日本における丸善と同じように、「売り捌き所」だったのだろう。
背には副題の THE SOUL OF JAPAN しか印刷されていないので、
前所有者がペンで Bushido と書き加えている。


『 武士道』   『 武士道』

リーズ&ビドル社による米国初版の表紙。
左はアメリカのウィキペディアに掲載の写真。右は盛岡市先人記念館所蔵のもの。
スキャンの条件の悪さによって 青くなってしまったが、実際は深緑色だという。
両者をよく見比べると、金の箔押しタイトルの BUSHIDO の文字フォントが
少し違う。 リーズ&ビドル社版には、何種類もの異本があったのだろうか?
大きさは、裳華房版よりも一回り大きい 185mm × 125mm。


『 武士道』    『 武士道』

左:ハーバード大学所蔵の、リーズ&ビドル社による初版の表紙
(From Google American Libraries)
右:裳華房の初版 (?) のモノクロ写真(裳華房のホームページより)
左の幅を90%に縮小すると、ほぼ右になる。ただし、Eのアクサンは無い。
裳華房が HP用にスキャンした時に、誤って幅を縮小させてしまったのかもしれない。
桜の花はまったく同じではなく、描きなおしているようだ。裳華房が
なるべく米国版に忠実に、日本版を作ったのだろうか? あるいは、
ハーバード大学所蔵本は、オリジナルの表紙ではない のだろうか?(大きさ不明)


『 武士道』  『 武士道』   『 武士道』

裳華房の東京開業 100周年記念に作られた、第3版の復刻版、1994年。
明治時代に、糸綴じ洋装本のペーパーバックがあっただろうか。
著者名の NITOBE の最後の E に、フランス語風にアクサン(テギュ)が
ついているのに注意。背のタイトルは、表紙の字を移して、新たに作ったのでは
ないだろうか。この表紙は第3版のものではない と思う。
本の大きさは 縦が 162mmで、第7版(ジャケット付)よりも 10mm高い。
本文の詰め方は同じで、余白だけが大きい。


『武士道』

『武士道』 1905年、増補改訂・第10版の表紙  (写真提供:盛岡市先人記念館)
ジョージ・P・パトナムズ・サンズ社 George P. Putnum’s Sons, New York and London
装幀が裳華房の第9版までと すっかり変わっていて、この表紙デザインは、あまり いただけない。
第10版の序文で アンナ・C・ハーツホーンの名がなくなっていることと関係がありそう。
このデザインは美術家の手になるとは思えないから、
もしかすると、メアリーがデザインしたのかもしれない。


『日本と日本人』

アンナ・C・ハーツホーン 『日本と日本人』 1902年1月 (from website)
アンナは、新渡戸稲造夫人である メアリー・エルキントン(1857-1938、日本名:新渡戸万里子)
より3歳下の友人で、津田梅子の女子英学塾(後の津田塾大学)の創設(1900年)と
その運営・教育、さらに震災後の再建に献身的に尽くしたので、1931年に建てられた
津田塾大学の本館校舎は、「ハーツホン・ホール」 と名付けられている。

塾の設立より前、アンナは 1898年に アメリカのカリフォルニアで療養中の新渡戸稲造の
秘書の役割をし、『武士道』の口述を筆記するとともに、英語表現のアドヴァイスをした
(新渡戸の序文の最後に、アンナに対する謝辞がある)。 岡倉覚三の『東洋の理想』における
ニヴェディタ(マーガレット・ノーブル)の役割に近かったようである。

アンナは『武士道』の出版の2年後に 彼女自身の著作『日本と日本人』を刊行している。
日本各地を旅し、日本人の風俗や生態を観察して記述した2巻本である。
この装幀を見ると 見事な出来栄えで(どこまで彼女が関わっているのかは不明だが)、
ペンシルヴァニア美術学校を卒業しているだけに、彼女の美感覚の確かさを伝えている。