新渡戸稲造著『武士道 』の内容
東京、裳華房、第7版、1901年
『武士道』 第7版 著者影
写真の前には薄紙のカバーがあり、その裏側に出版社(裳華房)の
序文が印刷されている。 これは、全集にも、どの訳書にも収録されていない。
THE PUBLISHER'S PREFACE
"Bushido" is a brochure written in English by Dr. Nitobe,
formerly Professor of the Sapporo Agricultural College
and published in the United States, where it has been favourably received.
We have obtained the author's permission to reporduce it in Japan.
We give as frontispiece the author's portrait
in order to introduce his personality to the general public.
『武士道』 第7版 薄紙をめくると、扉が現れる。
奥付とちがって、 Fifth Edition (第5版)、2561 (1901) 年
と書かれている。
表紙にはないが、ジャケットと扉にだけ、もう一つの副題が書かれている。
AN EXPOSITION OF JAPANESE THOUGHT (日本思想の提要)
ジャケット同様、英国における出版社名が最下部にある:
LONDON, Simpkin, Marshall,Hamilton, Kent & Co. Ltd
しかし、第3版にはなく、全集をはじめ、どの訳書の解説でも言及されていない。
『武士道』 第7版 版権の確立が1899年であることと、
養父である叔父、太田時敏への献辞
『武士道』 第7版 初版の序文
『武士道』 第7版 目次
『武士道』 第7版 最初の章 「倫理体系としての武士道」
ほとんどの訳書は、矢内原忠雄に倣って章番号をつけているが、
英語原文には無い。
『武士道』 第7版 奥付
『武士道』 第7版 広告ページ(全10ページ)
『武士道』 第3版(復刻版)の奥付
興味深いのは、2種の造本で出版されたらしいことで、左ページの英語広告、
扉とは違って、本書が明治35年(1902)の第7版であると書かれている。
第3版との違いは、売り捌き所が丸善、印刷所が秀英舎(現在の大日本印刷)と
書かれていること。 この対向ページから 22ページにもわたって、
米国の新聞雑誌における紹介、書評を集成している。
右は新渡戸稲造の最初の学術書『農業本論』、前々年の1898年 (明治31) に裳華房から出版。
左は『武士道』の広告だが、本書は英語版第7版であるのに、第6版が書かれていて、
しかも、定価が第7版は1円なのに、第6版は15銭とある(送料の間違い)。
初版から1年たらずで 19,000部を売り切ったと、驚異的な数字が書いてある。
また、裳華房では独語版も出していた というのも 意外。カウフマンの訳で
すでに訂正第2版。 ベルリンの書店より数千部の注文があったという。
つまり、どちらも国内消費よりは輸出用であった。
英語や独語を読める日本人が、それほど多くいたわけもない。
日本における初版が1900年 (明治33) の10月なのに、翌月には第2版、
さらに第3版と、急ピッチで増刷しているのがわかる。
前々ページの日本語広告においても、上製本が定価 60銭、並製本が
定価 40銭とある。もしかすると、上製本が布装のハードカバーで、並製本が
ペーパーバックだったのかもしれないが、実物がないので、わからない。 ほとんどが、
関東大震災と空襲で焼けてしまったのだろう。しかし第7版の奥付においては
特製正価壱円としか書いてないので、上製本だけにしたらしい。