神谷武夫の水彩画


軽井沢の 聖パウロ・カトリック聖堂

堀辰雄の『風立ちぬ』の終章「死のかげの谷」には、

「昔、私が好んで歩きまわった水車の道に沿って、いつか私の知らない間に、小さなカトリック教会さえ出来ていた。しかもその美しい素木造りの教会は、その雪をかぶった尖った屋根の下から、すでにもう黒ずみかけた壁板すらも見せていた。」

とある。 レイモンド夫人の ノエミさんが作った 聖パウロの像がポーチにあることから「聖パウロ教会」と呼びならわされるようになった。ファサードの頂部には、木の十字架が立てられている。

 たしか、大学に入る年の春休みに、長野県にスケッチ旅行に出かけ、軽井沢にも寄った。本格的に建築の勉強を始める前だったので、アントニン・レイモンドのことも まだ詳しくは知らなかったのだが、この木造の「聖パウロ聖堂」は、堀辰雄の『木の十字架』で読んでいたので、探しあてた。
 今は観光名所になっているようだが、当時は訪う人もなく、ひっそりと建っていた。入口ドアに鍵がかかっていなかったので 中に入いり、誰もいない聖堂で、グレゴリオ聖歌の「キリエ」を、ひとり口ずさんだ記憶がある。
 スケッチブックに描いた水彩画は いつのまにか失われてしまったが、何かの機会に 撮っておいた、このモノクロ写真だけが残っている。私が初めて見た カトリック聖堂 だったかもしれない。

 芸大の建築科の主任教授だった 吉村順三先生が、若い時 レイモンドの事務所に勤めていて、この聖堂の仕事も 手伝ったようである。窓ガラスをステンドグラスにする費用がなかったので、その代わりに、白い障子紙にパターンをつけて切り抜いて 貼り、日本式のステンドグラスにしたのは 僕のアイデアだよ、と言っておられた。

聖ポール教会の断面図
『 アントニン・レイモンド自伝』 1970、鹿島出版会 より