ヴィオレ・ル・デュク 『建築講話 上巻』(1863)。
本扉のページ。 ヴィオレ・ル・デュクの名前が M. Violet-le Duc となっているが、
M. というのは彼の名前の頭文字ではなく、敬称の 氏 (Monsieur) であるらしい。
下の『中世建築事典』では、名前・ウジェーヌ (Eugene) の頭文字の E. になっている。


ヴィオレ・ル・デュク『中世建築事典』 第1巻 (1854) の扉ページ(ウェブサイトより)
『建築講話』は、このデザインと 本文レイアウトのスタイルを、ほとんど そのまま踏襲した。


ヴィオレ・ル・デュク『建築講話 上巻』(1863)。
第1講の初め。


ヴィオレ・ル・デュク『建築講話 上巻』 (1863)。
第2講 p.38-39 木造を模した石窟寺院の柱・梁。これらの木口木版の図版は、
この8年前に出版された、ファーガスンの『図説・建築ハンドブック』(1855) に拠っている。
左の 38ページの下の 原註1を 飯田氏は、「 J.ファーガッソン Fergusson 著、
挿図入建築ハンドブック、The Illustrated Handbook of Architecture (ロンドン、
1855) 1巻参照。各国、各時代の各種の主要な建築様式に関する 簡明な概説書」 と、
本の内容を ヴィオレ・ル・デュクが解説しているかのように 訳していますが、
実は これは、全部がファーガスンの本の 長い題名なのですね:
"The Illustrated Handbook of Architecture: Being a Concise and Popular Account of
the Different Styles of Architecture Prevailing in All Ages and Countries"
(『 すべての時代と国を代表する 様々な建築様式の、
簡明にして平易な叙述からなる 図説・建築ハンドブック 』)


         

ファーガスンの『図解・建築ハンドブック』(1855)p.37, 39 の、カタックとアジャンターの
石窟寺院の柱。この アジャンターの絵(右)のオリジナルは、ファーガスンの
『インドの石窟寺院画集』(1845) の中の、ファーガスンの原画に基づく、
T・C・ディブデンのリトグラフである。(ヴィオレ・ル・デュクは、それも見ていたことだろう)


ヴィオレ・ル・デュク 『建築講話 上巻』(1863)。
第4講 鋼版画と、p.134。 絵は、ローマ建築における構造体と仕上げの関係



ヴィオレ・ル・デュク 『建築講話 上巻』(1863)。
第7講 p.252と、鋼版画。 珍しく 絵画的な図柄で、アグリジェントのアクロポリの 復元的景観。



ヴィオレ・ル・デュク 『建築講話 上巻』(1863)。
第7講 p.268-9 木版画の絵は、バシリカの側廊の構造
ほぼページ大の挿図であるが、上下に1行ずつ 本文の活字の文をいれている。
おそらく、こうすることによって、木口木版の木のブロックを 活字とともに堅固に製版できるのであろう。



ヴィオレ・ル・デュク 『建築講話 上巻』(1863)。
第8講 p.372-3 木版画は、シャンティイーの城館の立面図



ヴィオレ・ル・デュク 『建築講話 上巻』(1863)。
第9講 鋼版画と、p.407 絵は、アミアンのカテドラルの断面図の比例分析