ANTIQUE BOOKS on ARCHITECTURE - XII
ジェイムズ・バージェス 著
『 グジャラート地方イスラーム建築 』
James Burgess (Archaeological Survey of India)
"Muhammadan Architecture in Gujarat"
1896, William Griggs & Sons, London.

神谷武夫


『 インド政府考古調査局報告書 』

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インド考古調査局と カニンガム

 前回の「古書の愉しみ」(第 11回)で、フランス極東学院の『アンコール・ワット図面集』を紹介しましたが、そこに書いたように、インドでは、フランス極東学院よりも 40年も早い 1860年に インド考古調査局が設立され、1947年のインド独立時に インド共和国新政府が 旧イギリス本国(植民地政府)から引き継いで、現在に至るまで活動し、種々の調査報告書の出版を続けてきましたので、150年の伝統を誇っています。現在は 文化省の管轄になっていますが、世界で最も古い考古局のひとつでしょう。
 その膨大な出版物の中から、今回は、今から 116年前に出版された古書、『グジャラート地方のイスラーム建築』を紹介します。

『 グジャラート地方のイスラーム建築 』図版

 インドに考古調査局が設立された遠因は、「インド大反乱」(かつては「セポイの乱」と呼ばれた)にあります。イギリスがインドを植民地としていくにつれ、インドの固有の文化や歴史を顧慮することなく、イギリス(ヨーロッパ)の文明や制度を一方的にインドに押しつけていきます。その屈辱に耐えきれなくなってインド人が起こしたのが、インド大反乱だと言えます。
 ムガル皇帝をかついだ反乱軍を鎮圧するのに1年間かかったイギリス側にも 大きな被害が出ました。イギリスはこれを機に、英領インドの経営をしてきたイギリス東インド会社を解体し、イギリス政府が直接統治をすることになります。この時の反省から イギリス政府は、インドの固有の文明を尊重して 植民地経営に取り入れようとします。それまで知られていなかったインドの歴史や文化を ヨーロッパの科学と方法で探究していきます。

 そこで設立されたのが「考古調査局」で、古代の考古遺跡ばかりでなく、中世、近世の建築遺構まで、徹底的な調査が始められました。その仕事を任されたのは、この「古書の愉しみ」で何度も登場した ジェイムズ・ファーガソン(1808-86)と ほぼ同世代の アレクサンダー・カニンガム(Alexander Cunningham, 1814-93)でした。彼は本来は軍人で、ベンガル工兵隊の副官の資格をとって、1833年に来印しました。士官として カシュミールやラダック、ビルマ、北西州などで勤務し、1843年からシク戦争までは グヮーリオルで工兵隊長(Executive Engineer)を務めたといいますから、戦闘指揮よりは 施設の設営や技術面の管理を手がけたのでしょう。

 1861年に 47歳で陸軍少将として退官して、新設された考古調査局を担当することになりました。いわゆる長官(Director General)となったのは、一時 任期が切れてイギリスに帰国した4年の後、再びインドに戻って この職に復帰した 1871年です。

 カニンガムは大学などで考古学を学んだわけではありませんが、工兵部隊に勤務している時からインドの考古遺跡に興味をもち、休暇をとっては古遺跡をめぐり、その報告を「ベンガル・アジア協会」などで発表していました。その業績が評価されて、長官の候補者群の中から彼が選ばれたのでした。

『インドの古代地理』の扉

 彼が特に活動の中心にしたのは、中国僧の法顕(ほっけん 337-422)や玄奘(げんじょう 602-664)が古代インドを旅して著した『仏国記(法顕伝)』と『大唐西域記』における各地の記述が 現在のインドの どこに相当するかを探索し、そこを発掘調査する というもので、1871年に『インドの古代地理』として出版しました。1885年まで長官を務め、インド各地の遺跡の調査を指揮し、1873年から 1887年まで 毎年のように その調査報告書を出版しました。全部で 23冊に及び、のちにV.A.スミスが 総索引1巻を作成したので、この 総ページが 5,500ページにもなる 24巻が、最初の『インド考古調査報告書』となり、「カニンガム・シリーズ」と呼ばれています。

 民間のジェイムズ・ファーガソンによる インド建築史の研究と相俟って(ファーガソンの『インドと東方の建築史』の出版は 1876年)、インドの本格的な考古学と建築の研究が、早くも19世紀に大発展をしたのです。ファーガソンと比べると、カニンガムは 建築についての探究は弱かったと言えます。それを補うかのように、カニンガムが 1885年に退任したあと、1886年に第2代長官に任命されたのは、ジェイムズ・バージェス(James Burgess, 1832-1917)という建築史家でした。


ジェイムズ・バージェス

『グジャラート地方のイスラーム建築』

 バージェスは、このサイトの「ファーガソンとインド建築」や「古書の愉しみ」の第1回で書いたように、『インドと東方の建築史』(History of Indian and Eastern Architecture)を、ファーガソンの没後に改定増補し、2巻本として 1910年に出版しました。建築史家でしたから、ファーガソンとは相性がよく、信頼もされていたのでしょう。
 ある本の序文では、バージェスがイギリスでの建築家としての教育を修了してから、1855年に来印した と書いてありますが、真偽のほどは わかりません。しかし 建築に いれこんでいたことは確かです。来印当初は カルカッタのダヴトン・カレッジで数学教師を勤め、1861年には マドラスの慈善協会の会長に迎えられたといいます。この間にファーガソンと親しくなり、インド建築史家としての研鑽を積んでいきました。二人の共著として、『インドの石窟寺院』(The Cave Temples of India, 1880)という大部の本も執筆しています。

 1869年に処女出版『シャトルンジャヤのジャイナ寺院群』、1871年には『エレファンタ島の石窟寺院』を出版しましたので、そうした業績をもとに、1873年に 考古調査局の 西インド(Western Circle)の担当者となりました。ここで精力的に 西インドの建築を実測調査し、1874年から 1905年にかけて 9冊の調査報告書、「西インド・シリーズ」を出版しました。これらはカニンガムの報告書の水準を はるかに上回る、精巧で立派なものでした。バージェスは 考古学よりも建築の調査に 能力を発揮したと言えます。

『 グジャラート地方のイスラーム建築 』内容ー1

 1881年には 「南インド・シリーズ」(Southern Circle)も担当し、1909年までに 11巻を出版しました。1889年には 「北インド・シリーズ」も開始されます。
 このように、西インド、南インド、北インドのシリーズが刊行されたのは、当時のイギリスによるインドの植民地支配の形態が関係しています。19世紀には 英領インドは 三つの管区(プレジデンシー)に分けられていて、「ベンガル管区」(東インドから北インド、首都の名をとって カルカッタ管区とも呼ばれた)、「ボンベイ管区」(現在のムンバイを中心とする 西インド)、「マドラス管区」(現在のチェンナイを中心とする 南インド)と呼ばれていたのです。

 西インド・シリーズは 全部 バージェスが執筆しましたが、1886年にカニンガムのあとを継いで 第2代長官に就任すると 多忙を極め、バージェスの助手を務めた ヘンリー・クーセンス(Henry Cousens)や アレクサンダー・リー(Alexander Rea)が、次第に執筆者となっていきました。バージェスは 任期を1年以上残した 1889年に退職して、ファーガソンの『インドと東方の建築史』の改定増補に着手しました。ただ、その改訂版の序文では、1901年に退官して、改訂に着手したと書いています。いずれにせよ、1910年に改訂増補版を出版した 7年後の 1917年に 85歳で世を去りました。

 第 3代の考古調査局長官は ジョン・マーシャル(John Marshall, 1876-1958)で、1902年から 1928年まで 26年間にわたり 調査を指揮し、バージェス時代の建築から 考古学に軸足を移しました。もともとギリシア、クレタ島、トルコなどで発掘調査に携わった考古学者でした。インド考古調査局では、それまでのインペリアル・シリーズに加えて、年報の形で、大量の実測図や写真を収録した『アニュアル・リポート』を刊行しましたが、1919年以後は これを年鑑的にし、個々のサイトでの調査報告は『メモワール・シリーズ』として、約 100冊を刊行しました。彼の大きな業績は、古代インダス文明の遺跡を発掘して、19世紀には知られていなかった、その存在を明らかにしたことです。それらの調査報告書だけでも膨大なものになります。


『グジャラート地方のイスラーム建築』

『 グジャラート地方のイスラーム建築 』内容ー2

 さて、今回 採りあげる『グジャラート地方のイスラーム建築(Muhammadan Architecture of Bharoch, Cambay, Dholka, Champanir, and Mahmudabad in Gujarat)』は、ジェイムズ・バージェスによる 西インド・シリーズの1冊で、19世紀末の 1896年、今から 116年前の出版です。グジャラート州の州都である アフマダーバード市内のイスラーム建築は、のちの 1900年と 1905年に 同シリーズから2巻本として出版されますので、この巻が扱うのは タイトルにある通り、バローチ、キャンベイ、ドルカー、チャンパーネル、マフムダーバードに残るイスラーム建築です。原題に見られるように、19世紀には「イスラーム建築 (Islamic Architecture)」という呼称は まだ用いられず、「サラセン建築 (Saracenic Architecture)」とか、開祖ムハンマッドの名をとって「ムハンマダン建築 (Muhammadan Architecture)」とか呼ばれていました。

 26cm×34cm という大型本に、1ページ大、時には見開き2ページ大で 実測図や写真が掲載されていて、これらは今でも インド建築研究者にとって欠かせない基礎資料となっています。これらの 詳細をきわめた報告書は高く評価され、また良く売れたので、次第に入手困難となっていきました。そこでバージェスは、これらのシリーズを すべて集めて「ニュー・インペリアル・シリーズ(New Imperial Series)の名のもとに再編し、さらに新しい報告書を加えていったので、全部で 50巻にも及ぶ 大シリーズとなり、インドの建築や考古の研究資料の一大宝庫となりました。

 今では 古書市場にもめったに出ず、もし、きれいに保存された巻が 市場に出れば、だいぶ高価なものとなります。かなり傷んだ巻を 革装で再製本したものを 10巻ばかり所有していますが、経済発展する前のインドにおける再製本ですから、あまり美しいとは言えません。それでも 内部がオリジナルの版は貴重で、役にも立ちます。このページの トップに写真を掲げた4冊は オリジナルの版元製本ですが、2冊は布装、2冊はハーフ・レザーの革装です。これが どう 使い分けられていたのかは、全巻を見る機会に恵まれないので、わかりません。日本には、このシリーズのオリジナル全巻を所有している所は ありません。

インド考古調査局報告書 ニュー・インペリアル・シリーズの製本

 ただインドでは研究者、学生からの需要が多いので、現在のインド政府考古局が、その多くの巻の 縮刷復刻版を 廉価で出版していますので、内容の確認は 困難でなくなりました(あまり精巧な復刻ではないので、古書の愉しみ、というわけには いきませんが)。オリジナルの報告書は 大きく重いので、取り扱いが要注意で、特に 厚い巻は 重いので 綴じが崩れやすく、そのために 製本も 普通の糸かがりでは もたないので、特殊な製本をしています。
 活字の本文ページは両面印刷ですが、図版ページは やや厚手の紙に片面印刷で、これを4枚づつ束ねて ミシン掛けのような感じの糸綴じをし、これを全部合わせて、大きく 糸かがりをして、ニカワで固めています。4冊の中で一番厚い『カナラ地方のチャルキヤ建築(The Chalukyan Architecture in Kanarese Districts)』の背が 壊れてしまったので、これを ばらして、その製本方法が わかる写真を載せておきます。


( 2012/ 07 /01 )


< 本の仕様 >
インド考古調査局報告書・ニュー・インペリアル・シリーズ 第 23巻(西部シリーズ 第6巻)
 Archaeological Survey of Western India, Vol. VI, New Imperial Series Vol. 23.
"グジャラート地方(バローチ、キャンベイ、ドルカー、チャンパーネル、マフムダーバード)のイスラーム建築 MUHAMMADAN ARCHITECTURE OF BHAROCH, CAMBAY, DHOLKA, CHAMPANIR, AND MAHMUDABAD IN GUJARAT"
   1896年、ロンドン、ウィリアム・グリッグス・アンド・サンズ社
   William Griggs & Sons, London.  Bernard Qsuaritch, A. Constable,
   Kegan Paul, Trench, Trugner, Luzac, Thacker, Spink, Calcutta & Bombay
   ハードカバー、布装(濃アンバー色、合成皮革仕様)、版元装幀、定価 20シリング
   26cm × 34cm× 2.5cm、1.8kg、英語、本文 47ページ、図版 77葉(見開き4葉)
   ジェイムズ・バージェス著 James Burgess (C.I.E., LL.D., F.R.S.E.)



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