ヒンドゥ教の建築

― ヒンドゥ寺院の意味と形態 ―
THE HINDU TEMPLE

『 ヒンドゥ教の建築 』

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ジョージ・ミッチェル著、 神谷武夫訳、 1993年、 鹿島出版会
( A5判−270pp、上製本、5,000円、ISBN 4-306-04308-8 )
現在もっとも活躍するインド建築史家による、ヒンドゥの寺院建築論。
第1部で その文化的背景と意味を探り、
第2部で インドから東南アジアにわたる寺院建築の原理と歴史を語る。
訳者によるカラー写真 16ページをつける。


ヒンドゥ教の寺院建築の入門書です。
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< 書評 >  黒河内宏昌 (建築史家、早稲田大学)

アジア建築文化への招待−ヒンドゥ寺院を解く

 アジアの建築に興味をもつ人にとって、ひじょうに「ありがたい」本が出た。何が ありがたいかというと、いままで 比較的断片的にしか語られてこなかったアジアの建築を、ひじょうに わかりやすく、かつ基本的なところから説明してくれるからである。おそらく それは、著者が西洋人であることに起因するのであろう。
 この本が対象としているのは、インドを中心とした ヒンドゥ教の寺院建築である。それは むろん、アジア建築のなかの一種にすぎないが、ヒンドゥ教文化圏の歴史を考えると、その重要性は容易に理解される。
 ヒンドゥ教は インドのみならず、現在のカンボジアや インドネシアをはじめ、アジアの広大な地域で その文化形成に重要な役割を果たした。あの アンコール・ワットも、ヒンドゥ寺院なのである。そのヒンドゥ寺院を 本書ではまず、そこに込められた意味、建築表現の性格といった 基本的な観点から説いていく。
 まず、第1部「ヒンドゥ寺院の意味と役割」では、ヒンドゥ教では どのような ものの考え方がされ、何を目的に寺院が建てられ、その表現は どんな性格を有するのかが、要点のみを押さえ 簡潔に語られる。インド的な思考と その表現との関係性を、これほど明解に論じた記述は 希少であり、ぜひ一読すべき部分である。
 つづく第2部「ヒンドゥ寺院の造形と歴史」では、一転して建築そのものを問題にする。南北インド各地 および東南アジアのヒンドゥ寺院を、建造方法と様式、そして その様式を律する原理・法則といった観点から整理する。また、ヒンドゥ寺院は通例、きわめて複雑に編年されがちなものだが、ここでは 様式編年を代表的な地域と時代で大別し、わかりやすい遺構のみを取り上げて説明するので、個々の建築と全体との変遷が おどろくほどイメージしやすい。

『 ヒンドゥ教の建築 』
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 このように、本書は ヒンドゥ建築の歴史を 細かく分析した論文集ではなく、全体像を明確に とらえやすく物語った概説書である。しかし その中には、専門家である著者の分析結果や評価が明瞭に示されており、きわめて優れた概説書といえよう。
 インドに はじめて接する読者は 読み進むにつれ、固有名詞のわかりやすい説明や より多くの遺構の写真・図版が 欲しくなるかもしれない。残念ながら、本書のボリュームは それを与えるだけの余裕をもってはいない。むしろ本書の役目は、ヒンドゥ建築へアプローチするためのスタートラインに、適切に 読者を導くことにある。だから、こうした書物の日本語版が出版されたことは、まさに「ありがたい」のだ。
 実際、インドや東南アジアへの旅行を計画している人にとって、これは必読の書である。あるいは、現実の旅行は別としても、この本からアジアの建築文化を考察する旅に出るのも いいかもしれない。その「旅」で、読者各位は みずからの建築活動のなかで、アジアの建築のあり方を どう位置づけられるであろうか。

(『SD』1994年2月号 )


『 ヒンドゥ教の建築 』
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【 訳者あとがき 】 より

 本書は George Michel : THE HINDU TEMPLE, An Introduction to its Meaning and Forms, 1977, Harper and Row, New York の全訳である。著者のジョージ・ミッチェルはオーストラリア生まれで、現在最も活躍をしているインド建築史家である。メルボルン大学で建築を学んだあと、ロンドン大学の東洋・アフリカ研究所で インドとイスラム建築史を専攻して博士号を取得した。その後精力的に出版・著作活動を行い、主な編著書としては、本書のほかに次のようなものがある。

ARCHITECTURE OF THE ISLAMIC WORLD, ( ed.) 1978, Thames and Hudson, London
BRICK TEMPLES OF BENGAL, 1983, Princeton University Press, Princeton
THE ISLAMIC HERITAGE OF BENGAL, 1984, Unesco, Paris
THE PENGUIN GUIDE TO THE MONUMENTS OF INDIA, vol.1, 1989, Viking, London
THE VIJAYANARGARA COURTLY style, 1992, Manohar Publications, New Delhi

このほかに、インドで出版されている「マールグ」美術シリーズ(Marg Publications, Bombay, 年4冊刊行)において、

ISLAMIC HERITAGE OF THE DECAN (1986) / AHMADABAD (1988) / LIVING WOOD (1992)

その他の編集、執筆をしている。もともと建築出身であるだけに、文献的なアプローチよりも建築の形や空間そのものを探求しようとする姿勢がある。本書はその著作活動の中では初期のものに属するが、ヒンドゥ建築全般の簡潔な概説書としては、今も十分に有効である。1988年にシカゴ大学出版局が再刊をしたのは、その教科書的な有用さに注目したためであろう。

『 ヒンドゥ教の建築 』
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 本書の特色としては、建築的記述に入る前に、ヒンドゥ教の概要と寺院の意味について大幅なページ数をさいていることが挙げられる。それがキリスト教建築についての本であれば、宗教的な教義や歴史から説き始める必要はないだろうが、ヒンドゥ教のような、ヨーロッパ人にとっても日本人にとっても馴染みの少ない宗教の建築について論じるには、まずもって宗教的内容から説明していかなければ、それに基づいた建築の特質も十分には理解されないからである。
 その中でも興味深いのは第3章から第5章の、ヒンドゥ寺院の営まれ方や建てられ方であろう。こうしたことは従来のヒンドゥ教の本からも建築史の本からも抜け落ちていた部分であって、単なる歴史や教理ではない、生きた寺院のようすというものを私たちに伝えてくれる。

 しかしながら、もともと大部の本でもない上に、そうした建築以前の説明に大きくページをさいているために、建築史の記述の部分は、あの膨大なヒンドゥ建築を(それもインドだけでなく東南アジアまで含めて)通覧するには、いささか急ぎ足にならざるをえなくなったようである。個々の地域や時代の建築の記述としては、いくぶん物足りなく思えもするが、しかし本書はあくまでもヒンドゥ建築の入門書なのであるから、もっと詳しい叙述は今後の出版に待つべきであろう。

第7章 「北インドの寺院建築」
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 本書はわが国で初めての、インドを中心とするヒンドゥ建築の書である。外国への旅行者が多くなったとはいえ、インドに旅行する人は まだまだ少ない。けれども 欧米が憧れの対象ではなくなってきた現在、インド文化に対する潜在的な興味は たいへんに大きい。そうした時、インドの建築をほとんど知らない人々にインド建築の魅力を伝えるためには、何よりも美しくて正確な写真を提供することが必要である。

 本書の原書は、多数の写真を掲載してその期待に応えようとしているとはいえ、それらは すべて白黒写真であるので、その効果は いまひとつであると思われた。そこで日本語版では原著者の了解をえて、訳者が長年撮りためてきた ヒンドゥ建築のカラー写真の中から 26点を選び、16ページにわたって挿入することにした。それによって本文の理解を助けるとともに、いまだ現地に行ったことのない読者にも、その臨場感をもっていただけるのではないかと思う。
 また白黒写真においても、ゲラ刷りの結果、原版の写真原稿がきわめて不十分なものであることがわかり、急遽半数以上を訳者の写真に置き換えさせてもらった。さらに用紙の紙質を原書よりも上等なものとし、脚註も豊富につけた。こうして本書は原書よりもずっと内容の充実した、立派な版となった。

 今まで わが国でもインドの美術や建築、そして遺跡などの書物は 少なからず出版されているが、そのほとんどが 仏教を中心としたものであって、ヒンドゥの造形芸術を紹介したものは ごく少ない。しかしインドが仏教国であったのは古代のことであって、中世このかた 現代に至るまで、その宗教的よりどころは 主としてヒンドゥ教にあり、美術・建築もまた ヒンドゥ教を中心に展開してきたのである。私たちがアジアの文化に接していく上で、ヒンドゥ教の文化は無視できないどころか、その理解なくしては 国際交流をすることもできないであろう。
 そうした意味で本書が、今まで欧米にばかり顔を向けてきた日本の建築界の視線を、少しでも南アジアの偉大な建築文化に向けてもらう きっかけになればと思う。そしてまた本書が、一般の方のインドの旅の伴侶として、インド文化への案内(チチェローネ)の役割を果たせれば、訳者として喜ばしい限りである。

 アジア各地の紛争が一日も早く解決し、人々に平和がもたらされることを祈りつつ。




< 目次 >

第1部 ヒンドゥ寺院の意味と役割
第1章

ヒンドゥ教の文明

002
 ヒンドゥ教の起源 003
 ヒンドゥ教の発展 006
 ヒンドゥ教の伝播 010

第2章

神々の世界

012
 時間と宇宙  神と悪鬼 013
 ヒンドゥ教の主な宗派 017
 シヴァ神  ヴィシュヌ神019
 大女神  マイナーな神々027
 民俗神  美術における神々031
 形象美術  形象の重要性038
 美術における鳥獣 043
 聖像  神話と美術045

第3章

人間界

056
 王家の寄進 058
 美術家と社会 062
 寺院建設の職人、工匠、ギルド 064
 文化の中心としての寺院 068
 寺院の経済 069

第4章

神々と人間界の絆としての寺院

073
 神の家としての寺院 074
 寺院における礼拝儀礼 076
 寺院空間の力学 080
 寺院にふさわしい土地 082
 山と洞窟と宇宙軸 084
 寺院平面における宇宙論 087
 聖なる数理体系 089
 寺院の守り 092

第2部 ヒンドゥ寺院の造形と歴史
第5章

建造の方法

096
 建設材料 097
 インド建築の木造的起源 099
 岩山の掘削と彫刻 101
 レンガと石材による組積造 104

第6章

寺院建築の様式

108
 寺院の分類 110
 地域の伝統 112
 様式発展の原理 114

第7章

北インドの寺院建築

120
 グプタ朝とその後継王朝時代の北方型 (5〜7世紀)120
 前期チャルキヤ朝、カラチュリ朝、ラーシュトラ
     クータ朝時代の石彫寺院 (6〜8世紀)
133
 前期チャルキヤ朝時代の北方型 (7〜8世紀)138
 カリンガ朝と東ガンガ朝時代の北方型 (8〜13世紀)147
 プラティハーラ朝とチャンデッラ朝の北方型 (8〜11世紀)155
 マイトラカ朝とソランキー朝時代の北方型 (8〜13世紀)164
 ラージャスターン地方の北方型 (8〜12世紀)167
 カシュミール地方とヒマラヤの渓谷 (8世紀以降)169
 ネパール (17世紀以降) 172

第8章

南インドの寺院建築

176
 パッラヴァ朝時代の南方型 (7〜8世紀)176
 前期チャルキヤ朝時代の南方型 (7〜8世紀)191
 ラーシュトラクータ朝時代の南方型 (8〜10世紀)198
 チョーラ朝時代の南方型 (10〜11世紀)201
 ホイサラ朝と後期チャルキヤ朝の寺院様式 (11〜14世紀)205
 ヴィジャヤナガルとナーヤカ朝の南方型 (15〜17世紀)209
 ベンガル地方とケーララ地方の寺院様式 (12世紀以降)216

第9章

東南アジアの寺院建築

221
 ジャワ島 222
 バリ島 229
 カンボジア 233
 ベトナム 247

第10章

今日のヒンドゥ寺院

250
 訳者あとがき 255
 参考文献 261
 図版リスト 265
 索引 270


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