MORITA BUILDING in TOKYO

森田ビル (空中庭園の家)

設計・監理=神谷武夫建築研究所


   

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東京の都心の住宅を建て直すと、大きなビルとなるが、貸しビルの上に住むオーナーの住宅はいかにもビルの中に押し込められた感じになりやすい。 ここでは郊外の一戸建の家にも劣らない質をもたらすべく、前面にイスラム風の囲まれた 「空中庭園」 を設計し、内部にもさまざまな工夫をこらしている。


所在地: 東京都千代田区岩本町 / 設計: 神谷武夫建築研究所 / 設計期間:1989年2月〜10月 / 構造: 須賀設計事務所 / 設備: 三共設備設計事務所 / 電気: 山崎設備設計事務所 / 家具: 駿河意匠 / 工事期間:1989年 12月〜1991年 3月 / 施工: 岩本組 / 鉄骨鉄筋コンクリート造7階建 / 敷地面積:143u / 延床面積:683u / 掲載誌:「新建築・住宅特集」 1991年10月号 / 写真撮影: 荒井政夫 (アーキフォト)

   
5階の居間から泉水のある空中庭園を望む夜景


【 設計要旨 】

東京の都心では、かつての木造住宅が次々と高層ビルに建て替わる。この神田の森田邸もビルの谷間に埋没したようになっていた木造住宅を建て替えて、下4層を貸事務所および店舗とし、その上に住宅をのせることになった。そうした場合に住宅部分は、いかにもビルの中に押し込められたごとくになりがちである。それを避けて、ビルの中にあっても一戸建ての独立住宅にひけをとらない、ゆったりとした生活感のある住居をつくることが住み手の希望であり、設計者の意図でもあった。

7階建てのビルともなれば、SRCのラーメン構造となるので、その太い柱や梁を極力目立たせなくするプランニングや天井の工夫が必要となる。曲面天井を多用した理由のひとつもそこにある。それに、いわゆるマンション型のプランではなく、明るく伸びやかな居間を中心に、いわば吉村流のプランとすることで一戸建て住居に近づける。

けれど、ビル内住居と一戸建て住居との最も大きな違いは、接地性の有無にあるだろう。そこで、4階までの商業建築の上に空中庭園をつくり、セットバックさせた住居をこの庭園に面させることによって、接地性に代えようとした。空中庭園というのはいささか大袈裟ないいかたであるが、マンションの空中庭園というのはいささか大袈裟な言いかたであるが、マンションの単なるテラスやバルコニーとは異なった、ひとつの個性をもった庭園空間を意図してのことである。

   
    5階の食堂、台所   6階の洗面所、浴室

世界各地を旅して建築や庭園を見て歩いて最も心ひかれるのは、修道院の回廊で囲まれた中庭(クロイスター)や、イスラム圏の住居の中庭(パティオ)であった。水と緑を主要素として建物や塀で囲われた小さな空間は、外の世界から切り離された静けさや安らぎを与えてくれる。古代ペルシャでは、そうした「囲われた庭園」のことを、パイリダエーザと呼んだ。中東の荒々しく乾燥した風土においては、人々が快適な環境を得ようと思うなら、周囲の暴力的な自然から隔離され保護された「避難所」を作らねばならなかった。 それが中東の人々にとっての庭園であり、英語のパラダイスの語源となったパイリダエーザなのであった。この「楽園」の概念はイスラムに受けつがれ、イスラム建築はこうした「囲われた小庭園」を「天上の楽園」の写しとして、絶えず作り続けたのである。

考えてみれば、過密化した東京の町は、中東化しつつあるとも言える。家の外にあるのは美しく優しい自然ではなく、むしろ暴力的な景観や騒音、排気ガスなどである。そうした町にあっては、中庭(パティオ)を中心とした住居が有効であろうし、ビルの上に住宅を乗せるには、イスラム的な「囲われた小庭園」を作ることが、新しい都市型住居のひとつの方向ではないかと思われるのである。こうして大理石の泉とベンチを中心にしてスリガラスの塀で囲ったイスラム風の空中庭園を作ると、ビルのファサードもまたおのずから積層アーチのイスラム風となったのである。


ファサード詳細図

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