鹿島建設の月刊 PR 誌『 KAJIMA 』の 1991年 4月号、14-15ページに
「 中庭の美学、その様式美 」という記事が載りました。
編集員が私にインタビューをして、(談)として まとめたものです。
(『 KAJIMA 』の編集は、『 SD 』の編集部で やっていたようです。)
イスラムの庭園文化 神谷武夫 私がイスラムの庭園文化に深入りするようになったのは、鹿島出版会から出した『楽園のデザイン、イスラムの庭園文化』の翻訳を依頼されたことにあります。それ以前にも『イスラムの建築文化』という本を翻訳し、インドや中東諸国や北アフリカを旅して、さまざまなイスラム庭園を見てきていました。さらに庭園に関する文献を調べてイスラム庭園の原理や歴史を知るにつれ、深い興味を抱くようになりました。 どれだけ、やすらげますか 日本や欧米と違ったイスラムの庭園の特色は「囲われた庭」、すなわち中庭(パティオ)にあると思います。そこは静けさに満ちた閉じられた空間であり、「やすらぎ」というのがイスラム庭園の基本です。街の通りからは中庭を見ることはできません。でも、土や石の壁や塀から中庭へ一歩足を踏み入れると、街の喧噪からは切り離された別世界が広がる。噴水の水音に気付き、静寂に包まれた空間に誰もがやすらぎを覚える。心が静かに落ち着いてくる。面積はさほど広くはないのだけれど、そこでどれだけやすらげるかが、イスラム庭園の評価の基準になります。 日本の庭園では、どうしても松や芝など植物の緑が重視されますが、イスラム庭園の場合はとにかく水です。緑は必ずしも不可欠な要素ではなく、水が重要なポイントになっています。というのも、乾燥した土地だけに人々は水のあるところに都市を作り、家々は肩を寄せあい密集しています。そうした高密度な都市にあって、人々の日常生活に潤いをもたらすのも、生活の豊かさを象徴するのも、中庭をうるおす水だったわけです。 都会を住みやすくするために 東京でかつてのような広い庭をもつことは、ひどく難しい状況になっています。過密な都会の住宅事情では、庭のスペ−スは十分とれない。居間の前の猫の額ほどの庭では、外から家の中が丸見えになってしまうし、人の心をなごませる空間にはとてもならない。そこで、諸国を旅してイスラムの庭園に学んできたことを、都会の住宅の庭にも適用してみようと思い立ちました。つまり、ますます密集して「中東化」した日本の都市の住宅に、イスラム風のパティオを作るのです。 イスラム庭園は奥が深い イスラムの庭園文化を語るのであれば、カシュミール地方に造られたインドのムガル庭園は欠かせないだろうし、ペルシャやシリア、トルコ、モロッコなどイスラム庭園の歴史的な広がりと多様性、またその幾何学的な美しさを無視するわけにはいきません。今回はスペインのアンダルシア地方の中庭にこだわっていますが、もっともっとイスラム庭園は広く深いものであることも付け加えておきます。スペインの庭園には、鉢植えなどの緑が多く見受けられるので、日本人の感性にあうことも確かなようですが。ともあれ、心のやすらぐ空間が乏しくなっている現代、中庭をやすらぎの場とすべく、無意識のうちに日本でも庭の考え方が「イスラム化」して行くんじゃないか、私はそんなふうに考えています。(談)
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