『建築雑誌』1999年 11月号、日本建築学会


ヒマラヤの寺院塔

 インドの建築といえば、誰しもアーグラのタージ・マハル廟やカジュラーホのヒンドゥ寺院群、あるいはアジャンターの石窟寺院群などを思い浮かべることだろう。それらはすべて石でできていて、インドの石造建築というのはヨーロッパや中東のそれに決してひけをとらない、高度な技術と美学で実現されていることがよく知られている。ところが、インドの木造建築にも見るべきものがあることはあまり知られていない。古代インドには今よりも木材が多かったから木造建築が主流であったのに、次第に乾燥化が進んで木材が不足するようになり、中世以後のインド建築というのはほとんど石造建築の歴史となってしまったからである。

 けれども北のヒマラヤ山脈は降雨量が多く、今もヒマラヤ杉や松の森林で覆われている。それだからヒマーチャル・プラデシュ地方では民家から寺院、宮殿にいたるまで木で建てられ、木造文化が伝えられてきた。木造のヒンドゥ寺院というのは多少インドに親しんでいる人にとっても驚きなのだが、それが5階、6階と高層化した寺院塔となると、その存在は全くと言っていいほど知られていなかった。ここで寺院塔というのは五重塔のような層塔型の建物ではなく、角塔型をしていて最上階にバルコニーをまわし、スレート葺きの勾配屋根をかけた寺院である。しかもその壁面は純粋な木造ではなく、石と木を交互に積んだ組積造であって、ここには木の水平材はあっても柱というものがない。地震の水平力に対抗する方法であったわけだが、それはまた豊富な木材を前提とする、ストライプ状の壁面デザインでもあった。

 最も極端なプロポーションの寺院塔はクル渓谷のチャイニという村にある。この寺院塔は9階建てで高さが 30メートルを超え、その最上階に主神ヨーギニーを祀る祭壇がある。ここへ参拝をするには外階段で4階まで上り、はしごで5階のバルコニーに出、南側の入口から中に入って9階まで上らねばならない。まさに奇想天外のヒンドゥ寺院といえよう。長さ12メートルほどのヒマラヤ杉を2本あわせた、手すりのない急勾配の丸木階段を登るのは、実に恐怖の体験であった。


(写真キャプション)
● チャイニのヨーギニー寺院。広場をへだててもう一棟の寺院塔が建っている。
● 階段の蹴上げは40〜50cmあり、神々のスケール感である。