INTRODUCTION to A MOVIE and A NOVEL

最後の忠臣蔵彼女は頭が悪いから

神谷武夫

忠臣蔵
映画『 最後の忠臣蔵 』2010年
監督:杉田成道,脚本:田中陽造,主演:役所広司・佐藤浩市
音楽:加古隆,撮影:長沼六男,原作:池宮彰一郎


今月は、最近見て面白かった 映画の DVD 一本と、読んだ本一冊 を紹介することにしました。
 (「お知らせ」爛の 2019年 4月1日 より

● 映画のDVDというのは、今から9年前の 2010年に制作された日本映画で、『最後の忠臣蔵』というものです。当時話題になって、大きな興行成績をあげたと言いますから、見た方も多いことでしょう。しかし 私は 20年くらい前から映画館に行かなくなって以来、新作映画をチェックすることには無関心になり、情報も はいってこないことから、この映画については まったく知りませんでした。最近になって 図書館の DVDリストに見つけ、今さら『忠臣蔵』でもないな とも思いましたが、「最後の」というのが気になって 借りてみました。
 『忠臣蔵』というと、子供の時から 映画や読み物で 何度も何度も 見たり読んだりしてきました。昔は 日本の映画界では、東宝、松竹、大映、東映、日活といった いわゆる大手五社のどれかが、年末になると「オールスター・キャスト」で『忠臣蔵』を制作・公開していたものでした。主役の 大石 内蔵助(おおいし くらのすけ) を 大映だったら 長谷川 一夫、東映だったら 片岡 千恵蔵か 市川 右太衛門、松竹だったら(先々代の)松本 幸四郎などが演じていて、その多くを見にいきました(テレビでも 何度も制作されたでしょうが、私はテレビを見ないので、よく知りません)。
 私は小学生のころから 映画や講談全集、大衆文学全集などで「忠臣蔵」本伝のほかにも「赤穂義士 銘々伝」や「赤穂義士 外伝」などにも親しんでいたので、四十七士の名前も 半数ぐらいは覚えています。今回の映画の、佐藤浩市が演ずる 寺坂 吉右衛門(てらさか きちえもん) の名も覚えていましたが、彼が討ち入り後 泉岳寺には同行せず、切腹もしなかった、それは大石内蔵助から特別の任務を与えられていたからだった、という説は 初めて知りました。そして映画の主人公は もう一人の「脱落者」、役所広司が演ずる 瀬尾 孫左衛門(せお まござえもん) です。この名を覚えていなかったのは、四十七士の中に数えられていなかったのですから 当然だったでしょう。
 瀬尾孫左衛門は なぜ討ち入りから「脱落」したのか、これを詳しく調べて、小説家の想像力で膨らませたのが この映画の原作、池宮彰一郎 による 同名の短編小説です。言わば、一種の「武士道残酷物語」でもありますが、これを映画用に脚色した脚本が 実にみごとで、詩情あふれる「日本の美学」の映画となりました。日本映画には 見るべきものが あまり無い などと前に書きましたが、これは 久方ぶりに感銘をうけた、脚本、監督、俳優、撮影、音楽のすべてが上出来の日本映画です(なので、これは手元に置いておきたくなり、DVDを買いました)。

曽根崎心中

 とりわけ 私の心に染み入ったのは、原作には出てこない「人形浄瑠璃」(文楽)をとりこんで、要所々々に 太棹三味線と義太夫の語り、そして人形の姿が映されるのが 実に効果的で、かつて 文楽ファン だった私を、たいへん懐かしい思いに させたことでした。その狂言が 時代物ではなく、近松の世話物『曽根崎心中』であったことに 初め不調和感を覚えましたが、映画が進むにつれて、忠臣蔵の仇討物語自体は時代物であるにせよ、この「最後の忠臣蔵」の話は 世話物なのだと気付いて 納得しました。こうして すっかり文楽の世界に引き戻された私は、贔屓(ひいき)だった 竹本 越路太夫(たけもと こしじだゆう) を、あとでアマゾンで検索してみたところ、今は 舞台と語りを一緒に収めたDVDのシリーズが、国立劇場、国立文楽劇場、昔の朝日座(文楽座)、そしてNHKの協働で出されていることを知り、まずは1枚物の『紙子仕立両面鑑(かみこじたて りょうめんかがみ)』を購入して、昔の録画なので画質は悪いけれど、すっかり文楽情緒にひたりました。DVDの良いところは、義太夫の床本(ゆかほん)の詞章が 字幕となって出ることで、実に好都合です。通し狂言『仮名手本忠臣蔵(かなてほん ちゅうしんぐら)も出ていますが、6枚組のボックス・セットで 値が張るので、買おうかどうか 思案中です。

 ところで 近年、忠臣蔵の映画やドラマが あまり作られなくなったのは、おそらく 2001年の ニューヨーク同時多発テロ の影響ではないかと思います。あれは、言わば「アラブの 忠臣蔵」だったのです。 その首謀者とされ、アメリカから 5,000万ドルの賞金を懸けられ、2011年に殺害されたイスラームの闘士『オサマ・ビン・ラディン 発言』(ブルース・ローレンス編, 鈴木主税・中島由華訳, 2006, 河出書房新社)には 彼の全公開書簡と声明、インタビューが収録されていますが、その主張は、かつて欧米からの独立運動を戦った 植民地の闘士のそれと よく似ています。欧米列強が 中東でなした、十字軍以来 20世紀まで続いた「悪事」や「帝国主義的的支配と謀略」、それは現代にまで尾をひいて、いつまでたっても中東和平や安定は 得られません。ニューヨークの ワールド・トレード・センター・ビル 襲撃は その仇討ち、アラブ版「吉良邸 討ち入り」であったでしょう。
 赤穂義士が討ち入りして その本懐をとげた というニュースが広まると、江戸市民の多くが快哉を叫んだということですが、ニューヨーク同時多発テロのニュースでも、多くの中東のアラブ人たちが同様だったことでしょう(日露戦争で日本が勝利したというニュースに 多くのトルコ人が快哉を叫んだのと同様です)。つまり、「忠臣蔵」を賛美することは アラブのテロ活動を肯定することにつながるので、「忠臣蔵」は あまり制作されなくなったのではないかと思います。
 現在の日韓関係の悪化も、これに重ね合わせることができますが、先月(3月15日)ニュージーランドのクライストチャーチ でおきた、ひとりのオーストラリア人による 50人殺害のモスク襲撃や、アメリカの トランプ大統領 による イスラエル寄り白人至上主義(イェルサレムをイスラエルの首都とし、ゴラン高原をイスラエルに帰属させようとする)のは、さらなる「アラブの忠臣蔵」を惹起しかねません。



姫野

小説『 彼女は頭が悪いから 』
姫野カオルコ 著, 2018年 7月 発行,文藝春秋
B6判、480ページ、1,890円

●● 読んだ本というのは、昨年出版された『彼女は頭が悪いから』で、これも実際に起きた「事件」に基づいた物語です。事件というのは、今から3年前の 2016年に、5人の東大生 が 他校の女子大生を部屋に連れ込んで、集団で性的陵虐(りょうぎゃく)を加えて訴えられた という、まことに おぞましい事件です。小説家の 姫野カオルコ さんは この事件に衝撃を受け、というより 時々起こる類似の事件(学生による性的暴行事件)とは異質のものを感じ、裁判を傍聴し、資料を調べ、関係者への聞き取りもし、しかし まだ あまり時日が経っていない生々しい事件のゆえに ノンフィクションとして書くのは 差しさわりが多く、できるかぎり事実に基づきながらも 小説にしたのでした。「非さわやか度」100パーセントの「青春小説」というキャッチフレーズで、若者たちを描いているのに、実に重苦しい小説です。重苦しさの根本原因は、5人の学生が「東大生」だということです。その鼻持ちならないエリート意識や学閥意識、また 彼らを取り巻く人々(両親や家族、 他校生、東大の学生に憧れる人たちの意識やコンプレクス)などが、この事件を恐ろしく臭気芬々たるものにしているのです。

 さて 今を去る 18年半の 2000年9月に、私は 東大生産技術研究所・助手(当時)の 村松伸 から、『建築史家たちのアジア「発見」』 という本を出すので、インド部分を担当してほしい、すなわち 建築史家のジェイムズ・ファーガソンが どのようにして「インド建築史」を作り上げたか、ということについて 論文を書いてほしいと 依頼を受けました。インド建築とその歴史を研究して、すでに『インド建築案内』を出版していた私は 当然 書かねばならないと思いましたが、しかし世の中には、そうした出版計画が 企画だおれになったりする ということが間々あるらしいので、出版社から 正式な「執筆依頼状」をもらって、本当に出版するということを確認した上でなら執筆する という返事をしました。 翌 2001年の4月になって、村松および出版社の風響社から 正式な執筆依頼状 が届き、そこには 2001年の秋に刊行する と書いてあったので 了承しました。そして3ヵ月かかって論文『ジェイムズファーガソンとインド建築』を書き、7月4日に郵送しました。
 ところが 村松 および 風響社 は 秋になっても出版せず、こちらが何度 催促しても 無視し、(マフィアの圧力と要求に 唯々諾々と従ったのでしょうか)それから 18年経った現在 も、未だに 本は 出版されていません。その間、村松伸の上司にあたる、西尾茂文東大生産技術研究所所長(当時)に相談メールを出しましたが、彼は「大学の教員は 契約を守らなくとも、嘘をついて 人の論文発表の妨害を続けようとも、自分の責任分担を放棄しようとも、研究活動の自立性のゆえに 許されることだ」と 常識はずれの主張をして、村松を擁護しました。
 私はやむを得ず 佐々木毅東大学長(当時)に手紙を送りました。ところが彼は 返事もよこさず、村松の無法行為を不問にし、逆に それを顕彰するかのように、助手から助教授、教授へと昇任させていったのです。彼らの 倫理観の欠如 は 驚くばかりです。(詳しいことは「東大の常識は 世間の非常識」に書いてあります。)
 さしずめ私は、この本『彼女は頭が悪いから』に描かれている5人の醜悪な東大生の延長上にあるような 3人の 東大教授に陵虐された 女子学生のようなもの、といったところでしょうか。姫野カオルコさんの この小説は、お勧め本です(発売後 すぐにベストセラーになったようですが)。  (2019 /04/ 01)



上の記事を載せたら この HP へのアクセスが 非常に増えました。すると、グーグルでもヤフーでも、「インド」ばかりでなく、「インド建築」で検索してさえ、『神谷武夫とインドの建築』が出なくなりました。英語版は数年前から、「architecture of india」と 題名どおりのキーワードをいれてさえも 検索されなくなっています。マフィアによる妨害、迫害は 際限がありません。堕落した、恐ろしい国です。  (2019/ 04 /07)

こう書いたら、翌日は「インド建築」で検索して『神谷武夫とインドの建築』が出るようになりました。「インド」というキーワードでは 相変わらず出ずに、一番下に、「上の 259 件と似たページは除外されています。」などと表示されます。イスラームも同様で、「イスラーム建築」をキーワードにしてさえ、『世界のイスラーム建築』は 検索されません。  (2019/ 04 /08)



4年前の 6月 18日にも、< このホームページへの 検索妨害 > として、次のように書きました。 その状況は、まったく変わっていません。

● 検索エンジンの グーグルヤフー で、私のホームページの検索が 妨害されています。
 今に始まったことではありませんが、近年は妨害が解除されて、安定していました。下に掲げるのは、2013年の 12月14日に グーグルで、「インド」および「イスラム」を キーワード として検索した結果の、それぞれ 第1ページです。「インド」で検索すれば「神谷武夫とインドの建築」が、「イスラム」で検索すれば「世界のイスラム建築」が、トップに近く表示されているのが わかります。順位は変動しますし、次第に もっと後のページに移されもしましたが、おおむね このように表示されていました。

お知らせ・神谷武夫   お知らせ・神谷武夫

 ところが 1ヵ月前あたりから、まったく表示されなくなって しまいました。もちろん、「インド建築」とか「イスラム建築」とかを キーワードにすれば 表示されますが、最も多くの人が キーワードに用いるであろう「インド」や「イスラム」では表示させずに、できるだけ私の HP を一般の人の眼に ふれさせまいと しているのです。これは、私の HP が多くの人に見られることを怖れている マフィアの仕業ですが、マフィアが外部から 操作しているのか、グーグルヤフー の内部に 協力者がいるのかは、わかりません。
 外部から こんなことが できてしまうのだとすれば、検索エンジンの防備は、ずいぶんと弱いものだと言えます。ここに こうして書いたので、その内に 妨害は解除されるかもしれませんが(期待しますが)、興味と時間のある方は、たまに「インド」や「イスラム」の キーワードで、検索してみてください。    (2015 /06/ 18


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